この怖い話は約 4 分で読めます。

その日の放課後、鞄を机の上に乗せて身支度をしているとヨーコが遊びに行こうと
誘って来た。

691 :天使   ◆oJUBn2VTGE :2008/04/30(水) 22:03:03 ID:NrJoj9WI0

「またカラオケ行く? 奢っちゃうよ。ゲーセンは? あ、気になってる喫茶店あ
 るんだけど、行かない?」
周囲にも聞こえる声だった。ひょっとするとヨーコなりに私をクラスに馴染ませよ
うとしてくれていたのかも知れない。
けれど他からの参加希望の声はあがらなかった。
私はクスッと笑って、「わかったわかった。行こう」と言った。
「やった。デートだ」
そんなことを言っておどけるヨーコに、私はたしなめるように問いかける。
「それにしてもよくそんなにしょっちゅう遊びに行けるな。小遣い足りなくなって
 も貸さないぞ?」
いーじゃない。お金は若いうちにあるだけ使わないと。
ヨーコはからかうように言い返す。
よく見ると彼女は腕時計や靴にさりげなくお金をかけている。休日に私服で会うと、
なんだか自分の服装がみすぼらしく感じて気恥ずかしくなる。根掘り葉掘りと聞い
たことはないけれど、きっと親が金持ちなのだろう。私のような庶民とは少し感覚
がズレているのかも知れない。
連れ立って教室を出ようとしたとき、背筋に絡みつくような視線を感じた。
反射的に振り向くと二人の女子がビクリと肩を震わせながらこちらを見ている。ま
た、あの二人だった。島崎いずみに高野志穂。強張った表情を浮かべたかと思うと、
二人してくるりと振り返り、教室の後ろのドアから逃げるように出て行った。
「なにあれ、感じ悪い」
ヨーコが眉を寄せて言い放つ。
確かに感じが悪い。まるで本当に私を怖がっているようではないか。
さっき聞いたばかりの私に関する噂を思い出して、気分が悪くなった。

島崎いずみが自殺未遂をしたというニュースを聞いたのはそれから1週間後だった。

692 :天使   ◆oJUBn2VTGE :2008/04/30(水) 22:05:35 ID:NrJoj9WI0

あの時怯えたような目で私を見ていた二人の女子の名前を両方ともすっかり忘れ
てしまっていたので、「そんなコいたっけ?」というのが第一の感想だった。
そう言われてみると眼鏡の子はここ2,3日学校に来ていなかったようだ。
なんでも家が近所だという同じクラスの女子が、昨日たまたま通りがかった時に
彼女の家の前に止まっている救急車に気がついたのだという。すでに数人集まって
いた近くの主婦たちから聞くところによると、学校を休んで一人で家にいた島崎い
ずみが風呂場で手首を切ったのだとか。流れ出る血に怖くなって自分で救急車を呼
んだらしく、軽症と言えそうだがその後とりあえず入院することになったらしい。
そんな話が始業前にすでにクラス中に広まっていた。
みんな身近で起こった事件に、不謹慎な興味とそれからわずかな罪悪感を持って噂
をしあった。「どうして」という部分には、大なり小なり自分たちも関わっている
という自覚があったに違いない。表立って苛められているというわけでもなかった
が、地味なやつ、つまらないやつ、というレッテルを貼られた子がクラスでどうい
う位置にいたか誰だって知っているのだから。
かばい合うようにいつも一緒にいた高野志穂は、好奇の目で見られることに耐えら
なくなったのか、それとも友だちの自殺未遂という選択にショックを受けたのか、
1時間目に青い顔をして早退を申し出て、許された。
重そうな鞄を持って教室を出る彼女の横顔を見ていた私は、その頬の絆創膏が1週
間前から増えていることに気づいた。
こんな不愉快な噂話に乗っかるのは自分でも嫌だったが、どうしても気になってヨ
ーコに聞いてみた。
「ああ、高野さんの絆創膏? 彼女たしかバレー部に入ってるから……」
相当しごかれてる、っていうかいびられてるらしいよ。

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