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357 刀  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/10/02(金) 23:24:41 ID:o7OYvvFV0
師匠はこのあとどうするつもりなのだろう。
もしなんの霊感も働かない場合、正直にそれを依頼人に告げるだろうか。依頼人は自分のコレクションの中に人を斬った刀があることを望んでいるのだから、そんな結論にあっさりと納得するだろうか。
安くない料金を興信所に払い、その代償としてお金に代えられない付加価値を見出す、というのが倉持氏の目的なのだろうから、逆にそんな刀はないというお墨付きを得た結果になると、これは酷い意趣返しだ。
もし倉持氏がそんなことを想定もしていないような短絡的な人物だったなら、面倒なことになりそうだ。
だから、いっそ師匠は霊視まがいのホットリーディングで見せたようなプロ意識と言うか、割り切った考え方をして「どうせわかりっこないから」と出まかせを言う可能性があるのだ。
たとえば、「この刀はかつて人の生き血を吸っています」と。
その発言がもし今持っているその現代刀に対して飛び出してしまうと実にまずいことになる。
そんなワケないからだ。
けれど師匠はそれを知らない。その刀が最近打たれたものだということを。
せめて家紋に気付いてくれ、と祈りながら師匠を横目で見ていると、首を振りながら難しい顔をした。
(違う)
そう言っているようだ。
僕は手の内の刀を一通り鑑賞したあとで鞘に収めた。師匠もそれにならう。
「これらはすべてご自分で?」
師匠の問い掛けに倉持氏は頷いた。「ええ。若いころからの道楽で、自分で買い集めたものです」
期待するような目を向けてくる。
それから僕らはそれぞれすべての刀剣を抜いた。もちろん一振りだけある太刀も。
どれも高そうなものばかりだった。しかし新刀、新々刀、現代刀と、どれも時代や体配が異なり、あまり蒐集物にこだわりは感じられない。
銘が見てみたかったが、とりあえずここは師匠に任せることにする。
「拝見しました」

358 刀  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/10/02(金) 23:28:22 ID:o7OYvvFV0
座布団の上に居住まいを正し、依頼人に正対する。
「ありません」
きっぱりした口調に倉持氏の顔が強張る。
「ないと」
「はい」
窓ガラス越しに庭の白い砂の照り返しが射し込み、師匠の横顔を照らしている。
背筋を伸ばして前を見据えるその前髪をわずかに開けた窓から吹いてくる風が揺らす。
「少なくとも、人を斬り殺したような痕跡は見つかりません。殺された人間の怨念や情念は全く感じない。以前人を刺した包丁を見たことがありますが、何年経ってもそこに残る怨念は消えていませんでした。
もっとも刀のそれははるかに古いものでしょうから、消えてしまうものなのかも知れませんが。いずれにしても私には見ることができませんでした」
お役に立てず、残念です。
師匠は軽く頭を下げた。
倉持氏はなにかを言おうとして口を開きかけたが、すぐにつぐんだ。あまりにはっきりとした否定に、反論をすべきか迷っているようにも見えた。
信じたくなかったらそれでいい。別の霊能力者を探して同じことを頼めばいいだけだ。
ただ、誓ってもいいが、まず自分で霊能力者を名乗るような人間なら、今僕らがなにも感じられなかったこの刀の中の一振りを無責任に指差すに違いない。
そんなことで満足するならどうぞ御自由に、というところだ。
「そう、ですか。しかし……そんな……では……」
師匠の視線から目を逸らし、倉持氏はぼそぼそと歯切れ悪く放心といったていで呟いている。
見つからなかったからと言って、規定の料金を負けてやるわけにもいかない。その分多少の愚痴はじっと聞いてあげるしかないだろうと覚悟していた。
しかし依頼人は妙に落ち着かなげな様子をしていたかと思うと、その表情に不穏な翳りが覗き始めた。
落胆しているのかと思って見ていたが、その目の色に浮かぶものはそれとは少し違うように感じられた。
なんだろう。師匠も怪訝な顔をしてじっと目の前の和服姿の老人を見つめている。

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