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347 刀  ◆oJUBn2VTGE さる 2009/10/02(金) 23:01:12 ID:o7OYvvFV0
僕も同感だった。心霊現象の気配などなにも感じない。どうやら倉持氏の思い込みの可能性が高いようだ。
ということは、自分の所有する蒐集物の中に人を斬った刀があって欲しいという彼の願望がいかに強いかということを暗に示している気がして、少し気が重くなった。
先だっての勉強会で金銭の多寡を超えたその付加価値の存在を認識してしまったことが彼の精神に与えた影響は大きいと思わざるを得ない。
そしてそれはこの依頼の難易度にも関わる問題だった。
もし刀を見ても師匠がなにも感じ取れなければ、その通り告げて終わるというものではないかも知れない。
だからあの倉持氏のいかめしい表情のことを思うとどうしても気が重くなるのだった。
「お待たせしました」
その当人が戻って来て座につく。想像に反してその手は空だった。
そんな僕らの視線に反応して軽く笑みを浮かべる。
「ご鑑定いただくものは別室に用意してあります」
その前に、と倉持氏は含みを持たせるように少し間を置いた。
「ご評判を伺って相談した次第ではありますが、こうしたことは私も初めてですし、テレビなどで霊能者の方を拝見することがありますが、なかなかどうして皆さんそれぞれにやり方も違えば仰ることも違いますのでね、
なんと申しましょうか、ま、私もそうした方にお会いする機会もなく、いったいぜんたいどういうものなのだろうと、こう思う所もございまして」
師匠の顔が曇った。
回りくどい言い方だが、ようするに証拠を見せろと言っているのだ。人を斬った刀かどうか人知を超えた力で鑑定するのというのだから、それが何の能力もない人間に適当なホラを言われたのではたまらないということか。
自分から頼みに来ておきながら、したたかなものだ。
どうするのかと思って見ていると師匠は軽く息を吐いて「いいでしょう」と言った。
「私は死者の霊と交感することができます。ですから、もし人を斬り殺した刀があればそこにこびり付く死者の霊を見ることができるでしょう。……たとえばあなたの背中に今も寄り添う奥様のように」

348 刀  ◆oJUBn2VTGE さる 2009/10/02(金) 23:03:40 ID:o7OYvvFV0
空気が変わった。倉持氏の顔が緊張で震える。
「どうしてやもめだと?」
「見えるからですよ。そして奥様は私に様々なことを教えてくれます。あなたは先代から続く食料品の卸業で立派な家を建てられた。今では息子さんに会社を譲られ、悠々自適に暮らして趣味を楽しまれている。隣に並んでいるのがその息子さん夫婦の家ですね」
コールドリーディングだ!
僕は興奮した。
たぶん奥さんの霊が見えるというのは嘘だ。さっきこの家になにも感じないと言ったばかりだから。
ということは師匠は実際に目にしたものや、相手との会話から情報を引き出しているに違いない。
インチキ霊能力者と同じ手口を使っているのだ。そうして信用を勝ち取ろうとしている。
なんて人だ。
僕は畏敬と呆れるような思いが入り混じったモヤモヤした気持ちのまま、その師匠がどこで情報を得たのかと目を皿のようにして倉持氏の身に着けているものや部屋の間取、家具などを探った。
そしてこれまでのやりとりを思い浮かべる。
そう言えば倉持氏自身がお茶を運んで来たことなどは今現在独り身であることを示唆しているようにも見えるが、たまたま奥さんが外出中であったり、病院に入院中であったりというケースだって考えられる。
僕にはまったく想像がつかない。どうやって師匠はここまで推理できたのか。
「息子夫婦は確かに隣に住んでおりますが、今も息子のやっている食料品の卸の屋号は私の名字と同じです。広いようで狭い街です。聞き覚えがあったのではないですか」
倉持氏は震える声で、それでも頑張っている。
「いえ、残念ながら。それと奥様はあなたのご病気を心配されていますね。……心臓ではないですか。倒れたこともおありのようだ」
「む」
倉持氏は息が詰まったような声を漏らした。

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