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248 人形  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/02/12(火) 00:59:14 ID:FukvotX90
「そこで出てきたのがこの銀板写真だ。銀板写真は明治の志士の写真などで知られる湿板写真やその後の乾板写真と大きく異なる性格を持っている。それは被写体を左右逆に写し込むという技術的性質だ」
え? と俺は驚いて写真を見た。
文字の類は写真に写っていないので、左右が逆であるかどうかは咄嗟に判断がつかない。
そうだ。
着物の襟だ。と気づいてからもう一度3人の女性の襟元をよく見た。本人から見て左側の襟が上になっている。
「ホントだ。左前になってます」と言うと、師匠に話の腰を折るなと言わんばかりに「バカ、左前ってのは本人から見て右側の襟が上に来ることだ」と溜め息をつかれた。
あれ? じゃあ写真の女性は右前なわけで、正しい着方をしていることになる。左右逆に写っていないじゃないか。
師匠は人さし指を左右に振ってから続けた。
「これが日本人の迷信深いところだ。銀板写真が撮られた当時、被写体は武家や公家などの支配階級の子弟たちだったわけだが、出来上がった己の写真が死装束である左前となっていては縁起が悪いために、わざわざ衣服を逆に着て撮影していたんだ。もっとも単に見栄えの問題もあったのだろう。武士など刀まで右の腰に挿し直して撮って
 いる。当時の銀板写真を良く見ると、襟元や腰の大小が変に納まり悪く写っているから、彼らの微笑ましい努力の跡が垣間見えるってものだ」
ということは、つまりこの着物姿の3人の女性も撮影時にわざわざ左前にしてカメラの前に座ったのか。
俺は感心し、言われなかったら気づかなかったであろう100年の秘密に触れたことに、ある種の快感を覚えた。

249 人形  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/02/12(火) 01:01:21 ID:FukvotX90
「そこで、もう一度この真ん中の女性が抱える人形を見て欲しい」
師匠の言葉に、視線をそこに集中させる。
人形の襟元が、他の女性たちと逆に合せられている。左前だ。銀板写真は左右を逆に写すので、つまり撮影時には右前だったことになる。
「市松人形としてはこれで正しい。ただ撮り終わったあとの写真が間違っていただけだ。
 だから……」
と言って、師匠はみかっちさんに視線を向け、笑い掛けた。
「キミのあの絵は、この写真の一見左前に見える人形を描いたものなんだ。キミは人形を絵に描いたと言いながら、人形を見ていない。奇妙な記憶の混濁があるようだ。
 なぜならそんな人形はもう存在していないんだから」
キャアァー!!
という甲高い金属的な悲鳴が家中に響き渡った。
俺は背筋を凍らせるような衝撃に体を硬直させる。頭を抱えて俯いている礼子さんの口から出たものにしては、おかしい。まるで家中の壁から反響してきたような声だった。
「その人形がどうしてなくなったのかは知らない。あなたの口からそれが聞けるとも思わなけど。戦争で焼けたのか。処分されたのか…… ただあなたの中に棲みついて、そこにいる友だちの中にも感染するように侵入したそれは、この世に異様な執着を持っているみたいだ。自分の存在を、再び世界と交わらせようとする意思のようなものを感じる。実際に、絵という形で、一度滅びたものが現実に現れたんだから」
ミシミシという嫌な圧迫感が体に迫ってくるようだ。
これは、髪が伸びるだとか、涙を流すだとかいう人形にまつわる怪談と同質のものなのか?
いや、絶対に違う。
俺は底知れない嫌悪感に体の震えを止めることが出来なかった。

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