この怖い話は約 3 分で読めます。

246 人形  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/02/12(火) 00:54:52 ID:FukvotX90
師匠は余裕の表情で革張りのソファに深く体を沈めた。俺は写真にもう一度目を落とし、人形を良く観察する。色こそついていないが、やはりあの絵と全く同じ人形のようだ。
髪型や表情、帯や着物の柄も同じに見える。師匠はこの写真からなにかわかったのだろうか。
やがて静まり返っていた家の中に、女性の悲鳴が響き渡った。
全員腰を上げ、客間を出る。スリッパの音がバラバラと床を叩いた。みかっちさんが先導して1階の奥の部屋へ足を踏み入れると、広々とした和室に礼子さんの後姿が見えた。
「いないのよ。あの子が」
屈み込み、取り乱した声で畳を爪で引っ掻いている。
和箪笥など古い調度品が並ぶ中、奥に床脇棚があり、その上に空のガラスケースが置かれていた。
ガラスケースの中には薄紫色の座布団のような台座だけがぽつんと残されていて、丁度あの人形が納まる大きさのように思えた。
「誰なの。どこへやったの」と呻く様に繰り返している礼子さんに、みかっちさんが駆け寄り「落ち着いて」と背中をさする。
次の瞬間、バン、という大きな音がして横を見ると、師匠が後ろ手で壁を叩いた格好のまま険しい顔つきで女性二人を睨んでいる。
「落ち着くのは、キミもだ」
そう言いながら床脇棚に近づき、ガラスケースを持ち上げる。台座を触り、その指を二人に見せ付けた。
「この埃は、少なくとも何年かここに人形なんか置かれていなかったことの証だ。あの絵を見た時からおかしいと思っていたが、写真を見て確信した。人形なんかこの家にはないじゃないかと」

247 人形  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/02/12(火) 00:56:09 ID:FukvotX90
礼子さんが怯えたような顔で、頭を抱える。みかっちさんも目の焦点が合っていない。
「先日の温泉旅行、その人形がバッグから出てくるところを見たのは彼女の他にキミだけだ。それは本当にあの人形だったのか?」
師匠の詰問に、みかっちさんはうろたえて「え、だって」と口ごもった。そして「あれ?あれ?」と両手で自分の頭を挟むように繰り返す。
「人形を絵に描いたと言ったが、具体的にどこでどうやって描いたか、今説明できるか」
「え? うそ? あれ?」
みかっちさんは今にも崩れ落ちそうに小刻みに震えながら、なにも答えられなかった。
「あの写真持ってきて」との師匠の耳打ちにすかさず従い、ほどなく俺は3人の前に写真を掲げた。
「僕はその人形を描いたという絵の着物の襟元を見ておかしいと思った。それは合せ方が通常と逆の左前になっていたからだ」
師匠は洋服とは違い、和服は男女ともに右前で合せるのが伝統だと語った。
「これに対し、死んだ者の死装束は左前で整えられえる。北枕などと同じく葬儀の際の振る舞いを”ハレ”と逆にすることで死の忌みを日常から遠ざけていたんだ。だから子どもの遊び道具であり、裁縫の練習台であった、いわば日常に属する市松人形が左前であってはおかしい」
こんなことは説明するまでもなかったか、と呟いてから師匠はみかっちさんの方を向いた。
「モデルを見て描いたのであれば、こんな間違いは犯さないはずだ。絵の技法上の意図的なものでない限り、彼女はその人形を見ていないんじゃないかとその時少し不審に思った」
そして写真を指さす。

Page: 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

bronco

Recent Posts

除霊

コンビニでバイトしてた時の事 …

6年 ago

ベッドの下からババァ

イケメンのTの家に宿泊した時の…

6年 ago

ついてくる犬

もう20年以上前になりますか。…

6年 ago

鳥居の写真

相談があります 私の話ではない…

6年 ago

耳鳴りと声

少し前に変なことが起きたんでち…

6年 ago

見知らぬ靴

帰宅したら玄関に見知らぬ靴があ…

6年 ago