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645 ビデオ 前編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/02/08(日) 00:36:06 ID:3TBJnZvS0

仄暗い豆電球の下で、俺はデッキに再びビデオをセットする。ウィィンという、くたびれたような音とともに再生が始まる。
砂嵐。駅の構内。白い仮面の男。独白。向かいのホームのわずかな人の流れ。微かに揺れる画面。そして砂嵐。
停止。巻き戻し。再生。
砂嵐。人のまばらな夜の駅の構内。白い仮面の男の緑のシャツ。演技じみた独白。向かいのホーム。もう一人が構えているらしいビデオカメラ。ざわめき。単調。そして砂嵐。
停止。
ため息をつく。何度見ても同じだ。なにもわからない。変な所と言えば、駅のホームに立つ白い仮面の男という非日常的な光景くらいだが、それも言ってしまえば、「それだけのこと」だ。
なにも寺で炊き上げ供養など頼む必要はない。ただ、あるとすれば俺の知らない情報を前提とした怪奇現象、例えば、そのビデオを撮影した時には誰もカメラの前にいなかったはずなのに、白い仮面の男が勝手に映りこんでいたとか、そういう怪談の類。
そんなことを考えて少し気味が悪くなったが、その仮面の男の存在感が生々しすぎてあまり怪談にそぐわない。どんなに斜めから見ても素人のホームビデオという体裁が崩れないのだ。
首を捻りながら、もう一度ビデオデッキに指を伸ばす。
再生。
砂嵐。突然映る夜の駅の構内。画面の端から現れる白い仮面の男。ホームに向いたままぼそぼそと喋る声。揺れる画面。ざわざわした駅の音。
その時、俺の中になにかの違和感が芽生えた。
なんだ? 
なにかが変だった気がする。なんだろう。

647 ビデオ 前編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/02/08(日) 00:39:02 ID:3TBJnZvS0

そんな思いが脳裏を走った瞬間だった。
プワンという膨れ上がるような音が聞こえたかと思うと、カメラアングルの端、ホームの画面隅から弾丸のような塊が飛び込んできた。
電車だ。
電車が通る。ホームの中を。
その灰色の箱は残像の尾を引いて、画面の右から左へ走り抜けていった。俺は目を見開いてテレビの前、身体を硬くして息を止めていた。
あってはいけない光景だった。何度繰り返し再生してもなにも見つけられなかったはずのビデオが、急に手の平を返したように不気味な姿に変貌を遂げたようだった。
思わず首をすくめるように周囲を見回す。師匠のボロアパートの部屋の中は、豆電球の光の下で暗く静かに沈殿しているようだった。なにか恐ろしいことが起こるような前触れはない。耳鳴りもしない。
早くなった鼓動を意識しながら、もう一度画面を見る。
通過した電車が撒き散らした音が収まった後で、白い仮面の男が困ったような仕草を見せながらカメラに向かって「カット、カット」と言った。電車の音にかぶって、セリフが消えてしまったのだろう。
その言葉があまりに人間臭くて、ギリギリの所で俺の心を日常性の中に留め置いた。だからその後に起こった悲鳴にもなんとか耐えられたのだろう。
そう、悲鳴は画面の中で起こった。仮面の男がカメラに向かってカットのジェスチャーをしていた時、ホームの向かい側で大きな紙袋を抱えた女性がいきなり金切り声を上げたのだ。
ビクッとして仮面の男が振り返りながらそちらを見る。カメラもガクンと揺れた後で角度を変えてそちらに向けられる。
向かいのホームでは何人かが駆け寄ってきて、女性が悲鳴を上げながら指差す線路の辺りを身を乗り出すようにして見ている。

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