この怖い話は約 4 分で読めます。

その噂を聞いてから五年ほど経ったころ、吉田さんはまた別の駅に転属になっていた。雪がちらつく寒い日に、宿直室の掃除をしているとホームの方から急に悲鳴が上がった。
慌てて駆けつけると先輩の駅員が線路に降りて何ごとか怒鳴っている。見ると、線路の周囲に薄く積もった白い雪の上に、赤いものが飛び散っている。
マグロだ、とすぐに分かった。それもバラバラだ。そういえば直前に特急が通過している……

917 ビデオ 中編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/02/14(土) 23:12:54 ID:0JItplbL0
救急隊員が到着したが、その場に立っているだけでなにもしてくれない。警察も第一陣として二人駆けつけてきたが、現場検証もそこそこに、死体を全部集めろと命令口調で言う。仕方なく自分たちで、散らばった肉片を掻き集めた。
血の匂いが鼻をついて堪らなくなり、手ぬぐいでマスクをしてその嫌な作業を続ける。内臓も気持ちが悪いが、生半可に見慣れた人体の部品が雪の上に落ちているのを見るのは、吐き気のするおぞましさだった。
唇の切れ端や、指の関節。紐のついた眼球は血が抜けて、ひしゃげしまっている。
駅員としても中堅どころに差し掛かり、何度か事故は経験しているが、こんなえげつない死体を扱うのは初めてだった。
ようやく一通り片付いて、悴んだ手をストーブにあてていると、そばで遺留品を確認していた警察官が財布を手に取って、それを開いたまま読み上げるようにボソリと呟くのを聞いた。
「……さとう、いちろう」
その時、五年前に聞いた噂が脳裏に浮かび上がってきた。
『サトウイチロウの死体を片付けると呪われる』
今、マグロの財布にその名前が書いてあったのだ。
(サトウイチロウの死体を、片付けてしまった)
嫌な汗がだらだらと流れて、ストーブの火にも乾かず、地面に落ちていった。
それから何日か経って、警察からの情報を受けた駅長から事件のあらましを聞いた。
死体の身元は不明。事故の瞬間を目撃した者はいなかったので、はっきりしたことは分からないが事件性はないものと考えられているらしい。
線路上に散らばった所持品の中に財布があり、そこにサトウイチロウのネームがあることから、名前だけはそのようだと知れたに過ぎない。
サトウイチロウだ。何度も現れて、何度も死ぬ。誰も正体を知らない。ごくり、と喉が鳴る音がした。それが自分のものなのか、青い顔をして隣に立つ先輩のものなのか、分からなかった。

「偶然、でしょう」
俺は、軽い口調を装った。

920 ビデオ 中編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/02/14(土) 23:21:23 ID:0JItplbL0
吉田さんはコップを深く傾け、息をついた後で口を開いた。
「違うな。ありゃあ、亡霊だか妖怪だかのたぐいなんだよ。確かに足もあれば、手もある。目の前からひゅっと消えちまう訳でもねぇ。それでも、それがまともな人間だなんて、誰にも言えないんだ。
なにせ、その足やら手やらがくっついた状態で、生きて、動いているところを、誰も見てねぇからだ。オレはたくさんの先輩から噂を聞いたよ。
同じなんだ。サトウイチロウは、いろんな駅で死んでる。いつもバラバラになって。それも決まって身元不明だ。分かるのは名前だけ。そして誰も死ぬ瞬間を見てねぇ。あれは、最初から最後まで、死体なんだ」
ガチャリ、とドアが開いて奥さんが水を持ってきた。
おお、ちょっと飲み過ぎた。吉田さんはそう言って水を受け取る。奥さんはまだ中身の残っている日本酒のビンを取り上げるように持って行ってしまった。
同一人物なのか、それともたまたま同じ名前の人が事故に遭っているのか。いや、同一人物だなんてことはありえない。轢死体が蘇り、また別の駅に現れて同じ轢死体になるなんてことは。
そもそも、これは噂なのだ。狭い業界内のオカルトじみた噂話。聞き手の俺にとって、ある程度信用に足るのは、吉田さん自信が経験した事故の話だけだ。
吉田さんがその噂を聞いたという先輩たちは、よくある『フレンド・オブ・フレンド』に過ぎない。どこまで行っても発生源が分からない、「人づて」が作る奇妙な幻だ。
とりあえず、俺はそう思うことにした。
水の入ったコップを持ったまま、もう片方の手で頭を押さえる吉田さんを見て、そろそろおいとましようと腰を浮かしかけた時だった。
俺はふと思いついたことを何気なく口にした。
「サトウイチロウを片付けた呪いは、どうなったんです?」
ぴくりと反応があり、吉田さんは赤い顔をしたまま口の中でぶつぶつと何ごとか呟く。
そして俺の方に、頭を押さえていた手を向けてぶらぶらと振って見せた。その手には小指と薬指、そして中指の第一関節から先が無かった。
「さっきから見てるじゃねぇか」

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