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92 ビデオ 後編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/02/22(日) 21:27:18 ID:vbLvaS0Q0
ただそれだけのことで。見たという、ただそれだけのことで、彼らの身に何かあったのだとすると。
本人ではなく、身内だとすると年齢からして母親と思われる女性が、寺に供養を頼みに来たのだとすると。まるで忌まわしい遺品を処理するようではないか。
見たという、ただ、それだけのことで。
そんなことを考えていると、ベンチに触れている腰のあたりにじっとりと汗をかいてきた。
俺も見た。
風が止んでいる。
どこからかひぐらしの鳴く声が聞こえる。すっかり暗くなり、人影もまばらな駅の構内に、その声だけが通り抜けていった。
それから俺は、やけに疲れた足を引きずるように帰りの電車に乗った。現地に来たものの、ほとんど収穫と言えるものはなかった。
動き出した電車の、ガタガタと揺れる窓を見ながら頬杖をついて物思いに沈む。何時に着くだろう。遅くなりそうだ。明日が土曜日でよかった。もっとも、平日でも関係なしにバイトや遊びにうつつを抜かす学生なのであったが。
よほど疲れていたのか気がつくとウトウトしていた。車内は閑散として客の姿もほとんど見えない。頭を振る。胸騒ぎのようなものを感じた。
そして、今どの辺だろうかと窓の外に目をやった瞬間だ。
頭の中をゆるやかな衝撃が走り抜けた。その影響はじわじわと心臓付近へ降りてくる。ドクドクと脈打ち始める。
夜景だ。どこかで見たことのある、暗闇の中、視界の左右に伸びる光の粒。
窓の外に流れるその光景に目を奪われていた。あれは北村さんと話した日。寝る前に電気を消した時に見た幻。瞼の裏に映った、そこに見えるはずのない夜景。
全く同じ構図だ。いや、あやふやな記憶が今この瞬間に修正されていくのか? 分からない。立ち上がりそうになる。

96 ビデオ 後編  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/02/22(日) 21:31:51 ID:vbLvaS0Q0
デジャヴなのだろうか。違う。北村さんと話した日、バイトがあったからあれは水曜日。その時、夜景を見たのは確かだ。記憶の混濁ではない。なんなんだ。
俺は混乱していた。
水曜日ということは、一昨日だ。今見ている光景を、二日前にまるで予知したかのように見ていたというのか。
あの夜、俺の瞼の裏には、まるで混線したように二日後の俺の視界が映し出されていた?
混乱する頭を抱えたまま電車は進む。やがて夜景も見えなくなった。名前も知らない街の光が。
漠然とした不安を抱えたまま、ホームタウンの駅に着いた時には十時近くになっていた。
駅ビルから出ると、駐輪場から自転車を出して来て、のろのろとまたがる。 
足に力を入れると夜の街の景色がゆっくりと流れていく。まだ電車に揺られているような、ふわふわした感じ。
自転車に乗ったまま半分夢うつつだった気分が吹き飛んだのは、深夜まで営業しているスーパーの前を通り過ぎてしばらくしてからだ。
まばたきに合わせるように、目の前に光の軌跡が現れた。暗い歩道を自転車で進んでいる時だ。なにもないはずの目の前の空間に、さっき通ったばかりのスーパーのケバケバしい明かりが、その光の跡が浮かんでいるのだ。
まただ。瞼の裏に浮かぶ光の幻。今度はたった数分前に通ったスーパーが。なんだこれは。そんなに疲れているのか。
困惑しながら自転車をこいでいると、また別の光が見えた。闇の中にぼんやりと浮かぶ四角い光。
薬局だ。スーパーから少し先に行った所にある薬局の看板。もちろん、とっくに通り過ぎている。
頭がくらくらする。
なんだこれは。次から次へ。まるで追いかけられているような気持ちなってくる。
101 本当にあった怖い名無し 2009/02/22(日) 21:40:42 ID:vbLvaS0Q0
追いかけられて?
その言葉がザクリと身体のどこかに刺さった。
誰から?
俺を、追いかける理由のあるものから。
脳みそが、勝手にその姿を想像しようとしている。灰色のコート。帽子。マスク。手袋。
俺はさっき電車の中で夜景を見た時、「混線」という言葉を思い浮かべた。現在の視界が、過去の視界と混線したのだと。だが、その「混線」は、過去の自分のものとは限らないのではないか。
いつか聞いた師匠の言葉が脳裏をよぎる。
(闇を覗く者は、等しく闇に覗かれることを畏れなくてはならない)
昭和期から繰り返される、幾度も蘇る轢死者の潰れた眼球が、虚ろな闇の中からこちらを見ているイメージ。
最初は夜のビルだった。ビデオを見た次の日、あれは火曜日のはず。そのビルに見覚えは無い。次に見たのは水曜日の夜、夜景だ。それは、前原駅からこちらへ向かう途中に存在していた。
その次は木曜日の昼間見た軽四自動車。自動車が走るのは道路だ。鉄道ではない。
移動している。
もしあの幻視が、別の誰かの視界との混線だとするなら、その誰かは明らかに移動している。水曜日、電車に乗って夜景を見ながら移動していたそれは、どこで電車を降りた? そしてどこの街を彷徨っている?
ドキドキと心臓が鳴る。身体に悪そうな音だ。
思わず自転車に乗ったまま振り返る。追いかけて来るものの影はなにも見えない。
自然とペダルをこぐ足に力が入る。
ハッハッ、と自分の息遣いが他人のもののように聞こえる。
木曜の夜はなにも見なかった。金曜、つまり今日の昼間も。けれど、ついさっき俺は見てしまった。自分が通りすぎたばかりのスーパーの光を。薬局の看板を。

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