Categories: 師匠シリーズ

すまきの話

この怖い話は約 3 分で読めます。

最後まで身じろぎせずに聞いていた師匠は、ひとこと「巻き込まれたな」と言った。
脳裏に、以前あったことが蘇る。
冬に夢を見た。恐ろしい夢だった。現実の続きのような。
けれど目が覚めたとき、時間が巻き戻っていた。俺は恐ろしい夢が現実にならないように、別の選択をした。あのときも歩くさんと同じ部屋で寝ていた。
歩くさんの見る予知夢に巻き込まれたのだと師匠は言う。
あの、公園のベンチのそばのゴミ箱がフラッシュバックする。
あの匂いの生々しさも、夢だったのか。
怪我をした痛みも。今が現実だと思ったあの判断も。
では、今の自分はどうだ。
手のひらを広げてじっと見つめる。あれが夢ならなにも信じられないじゃないかと思う。
油汗が流れる。
俺は歩くさんの不思議な力について、ずっと重大な勘違いをしていたのではないかという予感がした。

949 すまきの話 ◆oJUBn2VTGE ウニ また、さるになってました New! 2009/06/20(土) 23:56:39 ID:sgJKT7Op0
「とにかく、これ、ほどいて」
師匠がモジモジする。
「だめです。ほどくと死ぬらしいですから」
そう言ってから気づく。
「心当たりは?」
「え?」
「命の危険があるような目に遭う、心当たりです」
師匠は考えるそぶりを見せていたが、やがて首を振った。
「今夜は夜遊びをするつもりだったけど、行く先は決めてない」
今夜こうして簀巻きにされて行けなかった場所に、明日行くのだろうか。そして恐ろしい目に遭う?
「僕が行くとしたら、あそこかな。いや、あの心霊スポットも行ってみたかった」
師匠はぶつぶつと呟いている。

「いずれにしても、洒落にならないなにかが夜の街にいるらしいな」
あっけらかんとそう言う。
そうして毛布に包まって寝ている歩くさんに視線を向けた。
ぼそりと言葉が漏れる。
「いいか。もう絶対にこいつにあの言葉は言うんじゃない」
「あの言葉?」
「しつこく繰り返したっていうあれだ」
「はあ」
「わかるだろ。こいつが今夜ここへ来た理由が」
なんとなく、わかる。
うまい言葉が出てこない。
結節点。いや、違う。楔か。
巻き戻りを止める、楔。
そのタイミングをなんらかの予感で彼女は知り、こうして俺たち三人をこの部屋に揃えたのだ。

952 すまきの話 ラスト ◆oJUBn2VTGE ウニ また、さるになってました New! 2009/06/21(日) 00:00:32 ID:m2hpAMu/0
「師匠は、その夢を本当に見てないんですか」
「……こんな状態で寝てられないだろう」
表情を窺ったが、嘘とも真ともつかなかった。
「しばらく、夜遊びは控えることにする」
師匠はそう呟いて目を閉じた。
歩くさんも眠ったままだ。
再び静かになった部屋の中で、俺はじっと考えていた。
あの師匠をあんな風にした、恐ろしいなにかのことについて。
そんな致命的な傷を負った世界が復元するという暗い奇蹟について。
まったく想像もしていなかった、もしかして、ひょっとすると、本人さえそう思っていないかもしれない、眩暈のするような、口に出すのも憚られる、現実から目覚めるという、おぞましい、不思議な力のことについて。

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