Categories: 師匠シリーズ

すまきの話

この怖い話は約 3 分で読めます。

驚いた表情のその人をなんとかハンドル操作で避けたが、バランスを崩して自転車から投げ出される。
一回転して尻を打ち、思わず右手をアスファルトについてしまって皮が擦りむけた。鋭い痛みに襲われる。
痛い。すっごい痛い。くっそう、と誰にとも知れない悪態が口をつく。
「危ねえな、こら」

935 すまきの話 ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2009/06/20(土) 23:26:16 ID:sgJKT7Op0
茶髪の若い兄ちゃんが髪の毛を乱れさせたまま近寄ってくる。俺は飛び跳ねるように立ち上がると、彼にすがりつく。
「今日のこと覚えてますか。昨日のこと覚えてますか。自分で自分のことがわかりますか」
彼はすがりついてきた俺に一瞬身構えたが、すぐに動揺してその手を振りほどこうとする。
「バカじゃねーの。なんなのお前」
ドシンと俺の肩を両手で突き、踵を返すと早足で去っていった。途中、何度か気持ち悪そうに振り返りながら。
残された俺は擦りむいた右手と擦りむいていない左手を並べて観察する。
掌の傷の中に、小さな石が埋まっているのをなんとかほじくり出す。
痛い。

なんでこんなに痛いんだ。
泣きたくなるような、寒気がするような、耐えられない感じ。とにかく動きだし、倒れている自転車を引き起こして跨る。
夜の道を走る。ひたすら走る。信号に引っ掛かり、トラックが通り過ぎて次のヘッドライトが近づくまでのわずかな隙間を突っ切る。
遅れて鳴らされた意味のないクラクションを背中に聞きながら前へ前へとこぐ。
息が上がり、スピードが落ち始めたころにようやく歩くさんのマンションが見えてきた。
明々とした街灯の下を通り、いつもとめている駐輪場に行く時間も惜しくて道端にそのままスタンドを立てる。立てる時、サドルを押さえる右手に痛みが走った。
顔をしかめながら玄関へ向かう。入り口のセキュリティーはない。中に入ってから、部屋の明かりがついているか外から確認した方が良かったことに気づいたが、戻る時間も勿体ないのでそのまま階段を駆け上がる。
部屋番号を頭の中で繰り返しながら誰もいない通路を走る。足音だけがやけに寒々しく響いている。

936 すまきの話 ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2009/06/20(土) 23:27:43 ID:sgJKT7Op0
向かう先をじっと見つめると、目的の部屋から細い光の筋が伸びている。ちょうど天井の蛍光灯が消えていて薄暗い一角だったから、そのわずかに漏れ出る光を視認することが出来た。
いる。中にいる。
関門を一つ越えた感じ。
でもたどりつくべき場所も、道の全貌もまったく見えない。自分の世界が負った致命的な傷を、復元するための道が。暗夜の中の行路が。見えない。
叫びそうになる。
口を押さえる。
ドアを叩く。
ガンガンガン。
ドアを叩く。
ガンガンガン。
「いませんか」

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