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微妙だ。
と思った。
10円玉が世間に何枚流通しているのか知らないが、所詮同じ市内の出来事だ。
僕らは毎日のようにお金のやりとりをしてる。
6年も経てば一度くらい同じ硬貨が手元に来ることもあるだろう。
普段は10円玉なんてものを個体として考えないから意識していないだけで、案外ままあることなのかも知れない。
ただ確かにその曰くがついた10円玉が、という所は奇妙ではある。
「どこで使われて、何人の人が使って、私のところまで戻って来たんだろうなあ」
感慨深げに京介さんは10円玉を照明にかざす。
僕は、なぜか救われたような気持ちになった。
喫茶店を出るとき、「奢ってやる」という京介さんに恐縮しつつもお言葉に甘えようと構えていると、目を疑う光景を見た。
レジでその10円玉を使おうとしていたのだ。
「ちょっとちょっと」と止めようとする僕を制して「いいから」と京介さんは会計を済ませてしまった。
ありがとうございましたとお辞儀した店員には、どっちが払うかで揉める客のように見えたかもしれない。
521 10円 ラスト ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2007/01/28(日) 12:57:43 ID:STrJj++Q0
歩きながら僕は「どうしてですか」と問いかけた。
だって、そんな奇跡的な出来事の証しなのだから、当然自分自身にとって10円どころの価値ではない
宝物になるはずだ。
しかし京介さんは「また還って来たら、面白いじゃないか」とあっさりと言い放った。
聞くと、その10円玉が手元に戻って来た時から決めていたのだと言う。
ただ10円玉を支払いに使う機会が今まで偶々なかっただけなのだと。
歩幅が、僕よりも広い。
少し早足で追いかける。
その歩き方に、迷いない生き方をして来た人だという、憧れとも尊敬ともつかない感情が沸き起こったのを覚えている。
追いついて横に並んだ僕に、京介さんは思いついたように言った。
「奢る必要があっただろうか」
そんなことを今さら言われても困る。
「私の方が年上だけど、私は女でそっちは男だ」
ちょっと眉に皺を寄せて考えている。
そして哲学を語るような真面目な口調で言うのである。
「あのコーヒーだけだと、10円玉は使わなかったはずだ。
オレンジジュースが加わってはじめて10円玉が出て行く金額になる」
これはノー・フェイトかも知れない。
そんな言葉を呟いて苦笑いを浮かべている。
その意味はわからなかったけれど、彼女の口から踊るその言葉をとても綺麗だと思った。
思えばK&Cと刻まれた10円玉が京介さんのもとへと還って来たのは、
そのあとに起こったやっかいな出来事の兆しだったのかも知れない。