この怖い話は約 3 分で読めます。

サーッと木が擦れる心地よい音とともに、眩しい光が飛び込んできた。

402 田舎 中編  ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2007/08/23(木) 02:01:31 ID:pA3eqjtb0
縁側の向こうでは、庭につくられた垣根の中で鶏が地面をついばんでいる。
その様子を見ながら、師匠がボソっと言った。
「全然騒ぎませんでしたね」

さっきの地震のことを言っているのだと気づくまで、少しかかった。
確かに鶏の騒ぐ音はしなかった。

「なんとかなりませんか」
師匠の言葉に、先生は首を横に振るだけだった。
ユキオはよくわからないままにオロオロしているように見えた。
「どうも僕はここではやたら嫌われてるみたいだなあ。

フィールドワークのために郷土史研究家だとか民俗学の研究者が訪ねてくることだってあるでしょうに。そんな部外者もみんな追い返すんですか」
「人じゃのうて魔物がやってくりゃあ、つぶてで追い払うががつねじゃ」
魔物と来たよ。

師匠は声になるかならぬかという小声で足元にこぼし、また顔を上げた。
「魔物と言えば、いざなぎ流では目に見えない魔物を儀式に引っ張り出すために ”幣”という紙細工を作るそうですね。

魔群というんですか。川ミサキだとか、水神めんたつだとか、蛇おんたつだとか。神様を模したものも多いようですが。

それぞれに決まった形の幣があって、切り方・折り方は師匠から弟子へ御幣集という形で伝えられると聞きました。ある資料で何点か挿絵を見たことがあります。ヤツラオだとかクツラオだとか、おどろおどろしい怪物も幣になってしまえば随分可愛らしくなってしまうと思いました。

……ところで」

師匠は障子を閉め、一瞬室内が暗くなる。
「犬神の幣がないのはどうしてですか」
誰の気配ともしれない、ハッとした空気が漂う。俺は固唾を飲んで師匠を見ている。

403 田舎 中編 ラスト  ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2007/08/23(木) 02:02:37 ID:pA3eqjtb0
「どの資料を見ても出てこないんですよ。犬神を象った幣が。たまたまかも知れない。
あるいは見落としかも知れない。でもどこか引っかかるんです。

犬神は深く土地に食い込んだ魔物で、四国の各地に隠然と広がっている。いざなぎ流によって祓われる対象として、どうしてもっと目立っていないんでしょうか」
先生は師匠の視線を逸らすように天を仰ぎ、深く溜息をついた。

そしてそれきり目を閉じて、なにも言葉を発しようとしなかった。

「わかりました。いにますよ」
いにますって、使い方合ってるよね。
師匠は俺にそう言うと、先生に向かって頭を下げ、止める間もなく部屋から出て行ってしまった。

残された俺たちもいたたまれない雰囲気になって、腰を上げざるを得なかった。
出されたお茶に誰ひとり手もつけないままに退散する羽目になるとは思わなかった。
と、俺の隣で京介さんが目の前の湯飲みに手を伸ばし、一気に飲み干した。
帰れと言われた去り際にそんなことをするなんて、少し京介さんのイメージとはズレがあり、奇妙な行動に思えた。

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