この怖い話は約 3 分で読めます。
座布団をスッと引き寄せながら先生は俺たちの前に座った。ユキオも頭を掻きながらその横に控える。
「で、」
先生は深い皺の奥から厳しく光る眼光をこちらに向けて口を開いた。
「先に言うちょくが、わしは本来おまんのようなもんを祓う役目がある」
その目は師匠を見据えている。
「その上で聞きたいことというがはなんぞ」
師匠は怯んだ様子もなくあっさりと口を開いた。
「いざなぎ流の勉強を少し、させてもらいました。密教、陰陽道、修験道、そして呪禁道。
それらが渾然一体となっているような印象を受けましたが、陰陽道の影響がかなり強く出ているようです。
明治3年の天社神道禁止令とその後の弾圧から土御門宗家はもちろん、有象無象の民間陰陽師も息の根を止められていったはずですが、この地ではどうしてこんな現実的な形で残っているのでしょう」
先生は表情を崩さずに、
「知らん」
とだけ答えた。
「まあいいでしょう。法律の不知ってやつですか。そういえば『むささび・もま事件』ってのも舞台はこのあたりじゃなかったかな。
……話がそれました。ともかくいざなぎ流はこの平成の時代に、未だに因縁調伏だとか病人祈祷だとかを真剣に行っているばかりか、”式”を打つこともあるそうですね」
「式王子のことか。……生半可に、言葉ばかり」
396 田舎 中編 ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2007/08/23(木) 01:55:03 ID:pA3eqjtb0
「まあ付け焼刃なのは認めますが。僕が知りたいのは実は犬神筋についてなのです」
「わしらには関係ない」
先生は淡々と返す。
「まあ聞いてください。ご存知でしょうが、犬神筋というのは四国に広く分布する伝承です」
師匠は正座したまま語った。
曰く、犬神を祓うことのできるわざの伝わる場所には、それゆえに犬神が社会の深層に潜む余地があるのだと。
ましてそんな技法が日々の生活の中に織り込まれているこの地では、犬神もまた日常のすぐ隣に存在している。
「ここに来る途中、頭を釘で貫かれた蛇を見ました。明らかに呪いをかけるための道具立てです。
もし仮に、誰かの使っている犬神の、その胴体を埋めてある秘密の場所を見つけられてしまったとしたら、その誰かは一体どうするのでしょうか」
師匠が言葉を途切れさせたその瞬間、みんなの手元に置いてある湯飲みが一斉にカタカタと鳴りはじめた。
地震かと思い、とっさに電灯の紐を見る。
紐はわずかに揺れていて、外から光の射す障子の白い紙も微かに振動していた。
こぼれたお茶の雫を京介さんが指で掬い、じっと見つめている。俺はどうやらただの微弱な地震らしいと思ってなお、得体の知れない胸騒ぎがした。
揺れが収まってから先生はゆっくりと口を開く。
「いね」
え? と問い返す師匠に、「帰れ、という方言です」と耳打ちする。
「それは、この地を去るほかないということですか」
師匠は急に立ち上がり、障子に近づくと骨に手をかける。