この怖い話は約 4 分で読めます。

149 引き出し ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/02/22(日) 23:16:34 ID:vbLvaS0Q0
低血圧というのがそもそもあまりイメージがわかない。
それにその「手」はなんだ。
「動けるようになってから、引き出しを見たらどうなってる?」
「開いたまま。中を覗いてみても何もない。下着とか靴下とかだけ」
「その手が掴んでタンスの中に引きずり込んだものって、なに?」
「わからない。覚えてない。多分、それを見ている時には知ってたはずなのに、消えた時には思い出せなくなってる」
なるほど。何が無くなったかも分からないわけだ。つまり、この出来事は何も消えたものがなくても成立する。
ふと、以前読んだ本のことを思い出した。そこには、夢は不要な短期記憶を脳の引き出しの奥深くに沈めて、頭の中を整理している最中に再生されるフィルムの断片なのだと書いてあった。
断片の中には脳を活性化させる強い記憶もあり、それらを合成し理解しうるものに再構築されたものがレム睡眠時に上映されているもので、そこからカットされた断片は脳の記憶野を圧迫しないように「忘れられていく」のだと。
それが本当のことかは知らない。ただ俺は「引き出しの手」になにか寓意的なものを感じざるを得なかった。
「もしかして、その手が掴んでいったものって、自分にとって要らないものだったんじゃない?」
二人でボソボソと相談でもするように耳打ちしあってから、瑠璃は首を左右に振る。
「大切なものだったかも知れない。それさえ分からない。ベッドから体を起こして、自分の部屋を見回したら、何か大事なものを無くしてしまったような気がして、とっても悲しくなる」
今聞いているこの話が単純に彼女たちの嘘ではないとしたら、気持ちの悪い話だ。ますますゾクゾクしてくる。嫌いではない。この感覚は。
「それが何度も続けて起こるのか」
151 引き出し ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/02/22(日) 23:20:34 ID:vbLvaS0Q0
「一ヶ月くらい前から。二、三日にいっぺん。あ、でも最近は毎日かも、だって」
俺は少し考えた。カンカンと、使わなかったスプーンの柄で机を叩く。
「本当に何かが部屋から消えているのか、知る方法がある」
二人の少女がこちらをじっと見ている。
スプーンで目の前を払う真似をして、続けた。
「その部屋から、ベッドと引き出し以外、全部外に出す」
少しして、息を吸う音がかすかに聞こえた。
「そうすれば、もし手が出てきて、『何か』を掴んで引き出しに消えていったと感じたなら、その喪失感は錯覚だ、ということになる」
何も部屋になかったことは確認済みなのだから。
俺は、上手いことを言ったつもりだった。我ながら良いアイデアだと思った。けれど、瑠璃が体験したというその不可解な出来事を夢、もしくはなんらかの幻覚だと半ば決め付けていた俺と、そうではない彼女自身との間には大きな発想の隔たりがあったのだ。
瑠璃はふるふると震えながら、音響の耳元に口を寄せる。
「そんなことをして、手がどこまでも伸びてきて、ベッドの上の私を掴んだら…・・・」
ゾクリとした。
空気が張り詰める。しまった。油断した。
経験上、過剰な怯えは本人と周囲の人間に良くない影響を及ぼす。中でも一番困るのは、泣かれること。
「ひどい」
と言って、音響が隣の少女をかばうような仕草をした。そして「どういうつもり」と冷たく言い放ち、俺を軽く睨む。
どういうつもりも何も、俺は協力的に解決策を提出したつもりだった。だがそれは、他人の悩みを真剣に考えないオトコ、という不本意なレッテルを相手方に貼らせただけだった。
また、負い目だ。

Page: 1 2 3 4 5 6 7

bronco

Recent Posts

祖父の遺品

3年前くらいなんだけど、半ボケ…

4年 ago

三つの選択・ひとつ作り話をするよ

いつものように僕の部屋に集まる…

4年 ago

白い傘と白い服

友人と遊んだ後、雨降ってるし時…

4年 ago

着信

俺が住んでる地元であった本当の…

5年 ago