この怖い話は約 3 分で読めます。

736 墓 ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2009/08/16(日) 11:15:32 ID:yWlHCO0/0
加奈子さんという、師匠のそのまた師匠にあたる人だ。俺は師匠や他の人から彼女にまつわる様々な話を聞くにつれ、まるで古くからの知人のような親近感を抱いていたのだが、よく考えると彼女の写真一枚見たことがないのだ。
人となりを知った気になっても、俺の中にいる彼女は輪郭だけの存在だった。
お墓があるなんて思いもしなかった。もっと非現実的な遥か遠くへ消えてしまったような気がしていた。
「行ってみますよ」
そういって頭を下げた。

風は乾いている。もう雨粒一つ落ちてきそうにない空の下をようやく歩き始めた。
地図をもう一度広げる。目指す場所はもう少し山の上の方のようだ。
登り続けると、やがて道路の舗装がなくなり、轍の抉れた悪路になった。途中、前から軽トラがやってきたので、山側にへばりついて避けたのだが、その軽トラは片方のタイヤを中央の盛り上がった部分の端に引っ掛けるようにして走っていった。
車体が斜めに傾いて不安定な格好に見えたので不思議に思ったが、よく考えてみると抉れた二本の轍にタイヤを合わせれば、真ん中の抉れていない部分で車体の腹を擦るのだ。
なるほど。これも土地柄と、そこで暮らす知恵か。
俺はその道の盛り上がった真ん中に乗っかって歩いた。
崖側には向こうの山の中腹に広がる段々畑が見える。紅葉の季節は終わったけれど、空気は澄んでいて、心地よい山あいの風景が遠くまで見渡せる。
もう少しすれば雪が木々を化粧するだろう。
汗を滴らせながら歩き続けると、わかれ道になっているところに出た。片方に、名所になっている滝があるという控えめな看板がある。ナントカの滝。読めない字だった。
地図の通りだ。滝がない方の道を選ばなくてはならない。それが少し残念だった。
遠くで山鳩の声がする。
水筒で喉を潤しながら歩き続けてようやくそこにたどり着いた。
山の斜面を登ったところに立っている、ささやかな墓石。見晴らしのよい場所だ。

738 墓 ラスト  ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2009/08/16(日) 11:17:14 ID:yWlHCO0/0
眼下には麓の集落と、そこを割って流れる川が細い身体をくねらせる蛇のような姿を湛えている。
俺は木の根っこを手すり代わりにしながらなんとかそこへ登ると、「はじめまして」と言った。
応えるように気持ちの良い風が吹き抜ける。
「よいところですね」
狭い足場にただ一つひっそりと佇む苔の生えた石。その両脇には花を供える竹筒があり、枯れたしきびが顔を覗かせていた。
師匠もここへお参りすることがあっただろうか。

黒ずんだお供え物の跡を見ながらふとそう思った。
背負ってきたリュックサックを下ろし、線香を取り出す。マッチを擦って火をつけ、すぐに手を振って消す。そしてそれを持って墓石に近づいたとき、俺はハッとして立ち止まった。
え?
なんだこれは。
すぐには気付かなかったが、予想だにしなかったものがそこにあった。
その意味が脳に染み込むまで墓石を凝視する。
だんだんと心臓の拍動が早くなってくる。
え? え? え?
記憶のカギが音を立てる。半ば見落としてきた違和感の正体が連鎖するように形を成していく。
じゃああれは? じゃあ、あのときは?
君は。

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