この怖い話は約 3 分で読めます。

女は苦しそうな呻き声をあげながら、
その剃刀を血まみれの首にあてて、そしてそれを一気にグイッと引いた。
湯気をたててどす黒い液体が噴きだし、女の胸元や足元の雪を染めていく。

親父は息が止まりそうになりながらも、女から剃刀を奪い取り、それを川に投げ込んで、
「馬鹿なことをするな」と怒鳴りつけて、
急いで家まで救急車を呼びにもどってきた、という訳だ。

86 :血雪 5/7:2006/01/22(日) 21:57:51 ID:oprygqQ10
だが、親父と二人で、闇の中を雪に足をとられながら橋にきてみると、
街灯のうす暗い光のなかに、女の姿はなかった。
親父は「おーい、どこにいるんだ」と女を呼んだが返事はなく、
おれもあたりの闇を見まわしたが、人の気配はない。

そして不思議なことに、女がうずくまっていたと言うあたりの雪には、親父の足跡しかなかった。
「川だ」
おれは女が川に飛び込んだんじゃないかと思い、雪に埋もれた土手の斜面をおりて探そうとした。
だが、土手下は足元も見えないほどの暗闇につつまれていて、危険で降りられなかった。

そうこうしているうちに、救急車が雪のなかをもがくように到着し、
また、駐在所の警官も、原付バイクで転倒しそうになりながらやって来た。
親父は警官に経緯を説明し、空もようやくしらみはじめたので、
救急車の隊員も一緒に、周囲をさがしてみた。

だが、周囲にも膝までの深さしかない川の橋の下にも、女の姿はなかった。
女の足跡もなく、それどころか橋の上の雪には、わずかの血痕さえもなかった。
夜が明けてからも、止む気配もない雪のなかを1時間ほどさがしてみたが、
女がいた形跡はなに一つ見つけられなかった。

らちがあかないので、救急車は来た道を戻り、親父は警官といっしょに駐在所へ行くことにした。
書類をまとめるために、事情をあらためて聞かせてほしいとの事だった。
おれは何ともいいがたい気分で、独り家へ戻った。

87 :血雪 5/7:2006/01/22(日) 22:00:26 ID:oprygqQ10
家に帰ると、母ちゃんが台所で朝飯のし支度をしていた。
体の芯まで冷えたおれは、すぐ炬燵にもぐりこみ、
そのままの姿勢で先ほどまでの経過を母ちゃんに話した。

母ちゃんは、「気味がわるいねえ」とか言いながら味噌汁つくっていたが、
ふと、台所の窓から外を見ながら、「あれ、その女の人じゃないかね」とおれを呼んだ。
おれは台所の窓に飛んでいったが、窓からみえるのは降りしきる雪ばかりだった。

「私の見まちがいかねえ」とボヤく母ちゃんを尻目に、おれは再び炬燵に戻ろうとしたが、
そのとき、炬燵が置いてある古い六畳間の窓の外から、
ガラスに顔をちかづけて、こっちを見ている女と視線がばったり会ってしまった。

女は細面の青白い顔で髪が長く、そして口のまわりと首のまわりにベッタリ血がついていた。
おれは体が凍りつき、頭のなかが一瞬まっ白になったが、気がついたときには女の顔は消えていた。
あわてて窓をあけて表を見たが、女の姿も、足跡もなかった。

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