Categories: 洒落怖

足音

この怖い話は約 3 分で読めます。

970 足音1/4 ◆BxZntdZHxQ sage 2008/07/18(金) 00:28:59 ID:DWlnez5f0
漫画家の仕事場と言ったら、どんな場所を想像するだろうか。
有名作家のドキュメンタリー、或いはドラマで見るような、
机と資料棚がずらりと並んだ立派な部屋だろうか?
実はそこそこ売れている人でも、質素なアパートでやっている事がままある。

俺が一時期手伝いに行っていた先生はその頃、連載が当たり、引っ越しを検討していた。
隔週刊の仕事は忙しく、結局引っ越したのはその連載が終わった後だったのだが、
兎に角当時彼が住んでいた場所は手狭で、アシスタントを沢山入れる事が出来なかった。

学生街の外れ、オレンジ色の屋根、白い壁のアパート。
スイスの山小屋みたいな意味の可愛らしい名前が付いていたが、古くてボロかった。
昔は靴を脱いで上がる構造だったのだろう、玄関があって左に靴箱がある。
内廊下と内階段で、気をつけて歩かないと強烈に軋んだ。
部屋は本来4畳半一間だが、2階の一番端にあたる先生の部屋だけは増築されていて、
6畳あるかないかの洋間が、玄関の屋根の上に乗っかっている。
辛うじてトイレは付いているが、風呂はない。
台所は半畳の広さに僅かな板の間、小さな流しと一口コンロがあるのみ。
冷蔵庫は部屋の畳の上に板を敷いて載せていた。
当時で多分37、8歳だった彼が大学生の頃からいるのだから、相当年季が入っている。
他の住人は多国籍で、土曜の昼間など台所の窓を開けて仕事をしていると、
何語か分からない、異国の歌謡曲らしきものがよく聞こえていた。

その部屋で仕事場にしていたのは増築部分の方。エアコンがこちらにある為だ。
先生(仮に千葉さんと呼ぶ)が机、アシスタントは折り畳みテーブルで作業をする。
4畳半の方で寝られる人数は1人か2人がいいところで、
仕事中は2人いるレギュラーアシが両方か交代で泊まり込んで、
後は漫画家友達や、俺の様な日帰り出来る近隣のヘルプが出入りしていた。
当の千葉さん本人はどこで寝るのかと言えば、
器用に机の下に潜って、短時間の仮眠を取っているのを何度か見た。

971 足音2/4 ◆BxZntdZHxQ sage 2008/07/18(金) 00:31:14 ID:DWlnez5f0
ある時、レギュラーアシが2人とも急用で来られなくなった。
その為電車一本の所にいる俺に白羽の矢が立ち、急遽一泊で行く事になった。
俺の作業は滞りなく進み、夜中には手が追い付いてしまう。
千葉さんの作業が進むまでする事がなくなったので、
3時間ばかり寝てくれと言われて、俺は4畳半の方に布団を敷いて横になった。
夏の初めのこと、エアコンのない部屋では寝られないので、
間仕切り代わりの厚手のカーテンは開け放たれている。
明るい部屋から微かな音量で聞こえるミスチルの曲と、
カリカリとペンが紙を引っかく音を子守唄代わりに目を閉じる。
静かだ。
完全に途切れる前の、曖昧な意識の中に。
足音が聞こえた。
玄関に足を向けて寝ている俺の足元を、
右にある仕事部屋と、左にある冷蔵庫の間を行ったり来たりしている。
ああ、千葉さんが何かやってるんだな…と、俺はそのまま眠りの淵に落ちた。

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