Categories: 洒落怖

足音

この怖い話は約 3 分で読めます。

明け方、呼ばれて起き出して行くと「何だか苦悶するような顔して寝てたねぇ」と、
千葉さんは眉間に皺を寄せる真似をした。
俺は、男の寝顔をわざわざ見る趣味があるんかオッサン、と思ったが顔には出さず、
「それ寝てたんじゃないッスよ。先生ずっとこっちの部屋うろうろしてたっしょ?」
足音が気になってすぐには眠れなかった、と応えた。
しかし彼は変な顔をして、「してないよ。」と言う。
「それ坂元君も小津君も同じ事言うんだよ。坂元君なんかあれデカい図体して、
昼間でもオバケの足が歩いてるのが見えるとか何とか。君もそのクチ?」
レギュラーの2人だ。坂元さんは近畿の出で自称土蜘蛛の末裔だそうで、
霊感持ちとは言っていなかったが、いかにもそんな話が好きそうだ。
俺の場合は寝入りばなの事だったし、夢うつつで勘違いしただけですよ、と笑った。
多分、本当に気のせいだと思っていたし。

973 足音3/4 ◆BxZntdZHxQ sage 2008/07/18(金) 00:33:07 ID:DWlnez5f0
それから暫くして、俺はレギュラーで手伝っていた別の先生の所が忙しくなって、
そのアパートに足を踏み入れる事はなくなった。
先生同士が友人だったから、そちらの話は時々聞いてはいたのだが。

涼風が立ち、いつも通りアシ先で仕事をしていたら、千葉さんがひょっこり顔を出した。
取材土産をこちらの先生に持って来たのだ。
駅弁だったので早速一同でありがたくいただいている間、
千葉さんは今準備中の連載が始まる前に引っ越す事になったと話してくれた。
俺はふと思い出して、
「じゃあもう坂元さんはオバケの足に悩まされなくていい訳ですね。」と言った。
だが千葉さんは恐い顔をして、それだよ、と俺を指差した。
「実は先月、僕も足音を聞いたんだ…。」
え?マジで?

前の連載が無事終了し、休む間もなく次の連載の準備をしていた千葉さんは、
その日もネーム(漫画の設計図みたいな物、絵コンテ)をやっていたらしい。
けれど昼夜の別なく机に向かい、彼はすっかり疲れ切っていた。
仕事中のいつもの癖で、少しだけ眠ろうと机の下に潜る。
どの位時間が経っただろうか。
エアコンの効きを良くする為に閉め切ったカーテンの向こうで、足音がする。
4畳半をひたひたと歩く音。

ああ、坂元君達が言っている足音はこれか……。

千葉さんはぼんやりと思いながらも、そのまま眠ってしまった。

974 足音4/4 ◆BxZntdZHxQ sage 2008/07/18(金) 00:35:09 ID:DWlnez5f0
目が覚めると夕方で、千葉さんは随分寝ちゃったな…と思いながら立ち上がり、
作り置きの麦茶を取りに冷蔵庫へ向かおうとした。
ところが。
カーテンを開けると、台所の下の開きと、押し入れが開きっ放しになっていた。
窓には間仕切りと同じ季節感のないカーテンを引いている為に、室内は薄暗い。
だが、押し入れの下段にいれた箪笥は引き出しが全部開けられており、
上段からは布団袋がずり落ちていて、刃物か何かで切り裂かれて中身がはみ出している。
見れば、玄関の扉も半開きになっている。勿論普段は在宅時にも鍵を掛けているのに。
そしてその向こうに、隣人と大家の姿があった。

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