Categories: 洒落怖

濡れたチケット

この怖い話は約 3 分で読めます。

124 3 2009/07/22(水) 02:34:31 ID:+r78dEHF0
それからも勤務は続きましたが、不思議と、わたしはいつも濡れたチケットを探りあて
ました。チケットはいつもぶよぶよに膨らんで、やはりR側の(つまり、舞台に向かって
右側の)同じ座席を示していました。それからも何度か、演奏中のホールに入り客席を
ながめる機会はあったのですが、あの女の子の姿は見えず、妙な音も聴こえなかったのです。
たしか、はじめの、奇妙な体験から半年くらい経過したときだったと思います。わたしは
客席に入る直前の、ロビーのゲートでチケットをもぎる勤務についていました。わたしがもぎり、
後輩の音大生の男の子がパンフレットを渡す手順です。背後からは、曲名は忘れました
が、相当の音量でオケがリハーサルをおこなっているのが聴こえました。

そのとき、まったく唐突に、あのトライアングルのぴん、ぴん、ぴんという音が響いて
きたのです。さきほど硬い耳ざわりと書きましたが、こればかりはどう表現すればよいか
分かりません。ともかく鼓膜をアイスピックでこまかく、痛ぶるように突くような、
物理的に「痛い」音響なのです(いまでも幻聴をかんじるときがあります)。思わず後輩を
振りかえろうと思いましたが、どうしてもできませんでした。ただし、いわゆる金縛りではなく、
わたしの好奇心です。しっかり目に焼きつかなければ、この音の真実をたしかめられない、そんな
という思いです……あの女の子が、チケットをもってわたしのゲートに近づいてくる
のが見えました。髪型がすこし変わって、しかしそれでもperfumeののっちさんの
ような、お洒落なおかっぱでした。にっこり笑って、黒革のバッグからチケットを探っていました。
華奢な、ピアノを弾くように大きな指だったのを覚えています。ピンクのマニキュアでした。

125 4 2009/07/22(水) 02:37:28 ID:+r78dEHF0
ああ、やっぱりぶよぶよのチケットだ、そう思ったとき、女の子の前髪がべったり、水で
濡れていることに気が付きました。おかっぱ頭の全体が、糊を塗ったようにくろぐろと
濡れているのです。きれいにきりそろえた前髪の束から、しずくが落ちて、わたしの靴に
落ち、ぴん、ぴん、と撥ねました。おかしなことに、わたしはそのとき怖いというよりも、
なんだか納得がいってしまったのです。それでぶよぶよのチケットを裂くようにもぎって、
ぼんやりと、可愛い子はピアスもいいのをつけてるなあ、なんて考えていました。それでも、
何人か続けてもぎっているうちに、急に混乱してきたのです。「このホールのロビーは
ふかふかの絨毯なのに、なんであの子のしずくは撥ねるんだろう」「なんであの子のしずくは、
撥ねて、ぴん、と音がするんだろう」と、考えまい、考えまいとしながらぐるぐる回って、
気をゆるめれば膝がくずれるほど怖くなってきました。入口から見える空は晴天でした。

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