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94 指さし ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/06/21(日) 00:27:30 ID:m2hpAMu/0
師匠は指を下ろし、そのまま頭を垂れた。
「だから、みんな目を閉じたまま考えた。絶対に他のみんなが指ささない場所。そんな方向に霊がいるはずがない場所。いそうだなんて、思いつかない場所……」
ふいに寒気がした。まさか、師匠には分かってしまうのか?
「そこは、その談話室は、一階にあった。だから……」
師匠は顔を上げて右手を突き出し、そのひとさし指をゆっくりと真下に向ける。
「みんな、下を指さした」
その言葉を聞いた瞬間、頭の中に鮮明な記憶が蘇った。

女の子の悲鳴。男の子の悲鳴。バタバタとどこへともなく逃げ惑う足音。
全員の指が下を向いたとき、僕は得体の知れない金切り声を耳元で聞いた気がした。背中に重くて冷たい液体が流し込まれたような気がした。とにかくその場を離れようとして誰かにぶつかった。転んだ僕の目に、蝋燭の前で驚愕の表情を浮かべて硬直する彼の姿があった。
やがて談話室から喚きながら数人が飛び出して行き、その騒ぎを聞きつけて先生が寝巻き姿で走ってきた。
僕らは散々に怒られ、一発ずつビンタを頂戴した。
特に蝋燭を持ち込んだ彼は、先生の部屋に担がれるようにつれていかれてしまった。怪談話をしていたときの落ち着き払った態度は消え失せ、ごめんなさいごめんなさいと泣き喚いていた。

「よく、分かりましたね」
そう言うしかなかった。改めて、この人は凄い人だと思った。
「おそらく全員の指は厳密にはバラバラだったはずだ。自分の真下や、畳の上のどこか。いずれにせよそれまでに二人以上が同じ方向を指さしてしまったようには揃っていなかったと思う。
でも目を開けて、他の子の指が向いている方向を見たとき、みんなの意識は『下』というその記号だけを認知していた」
そう指摘されて始めて気付いた。確かに、指は揃っていなかった。なのに『揃った』と錯覚していた。

96 指さし ◆oJUBn2VTGE ウニ 2009/06/21(日) 00:29:40 ID:m2hpAMu/0
「思い込みの強い子どもに、そのゲームは酷だったな」
師匠は口元だけで笑った。
僕は左腕をさすりながら肩を縮める。あの恐怖体験に、そんな心理トリックが隠れていたなんて……
ふと頭の中に微かな引っ掛かりを覚えた。
あれ? だとすると変だ。
「この世には、説明のつかないことがあるものだなって、言いませんでしたか」
僕の話を聞き終えたあと、確かに師匠はそう言った。しかしその直後、見事に心理的な説明がついてしまった。
あのときにはすべて飲み込んだ言葉のように聞こえたのに。なんだかあっけない。
「誰が、その話のオチのことだって言った?」
師匠がゆっくりと言葉を吐く。その瞬間、ゾクリと肌が粟立った。
ランプのほの明かりの中で首を巡らせて、蜘蛛の巣が煙のように覆っている小屋の四隅に視線をやりながら、師匠は語り始めた。
「ここは、倒産した土建会社の資材置き場だったらしい。それがどうして心霊スポットになったのか、まだ話してなかったな。まあ、あっさり言うと、社長がここで首を括ったんだ。そこの柱にネクタイを巻きつけてな」
ランプをそちらに向ける。
なにかおぞましいものでも見たように、僕は思わず身を引いた。
「で、そのあと夜中に小屋の前を通ると窓の内側に誰か立ってるのが見えるって噂が立った。その窓の向こうの人影は、異様に首が長いんだと。死んだ社長が浮かばれない地縛霊になって今もこのプレハブ小屋の中を彷徨ってるっていう話だ」
ところが。
と師匠は一拍置いた。
「社長が首を括った理由を辿っていくと、面白い別の噂に突き当たる」
カタン、とランプを置いて立ち上がった。
ブルーシートから出て地面の上を円を描くように歩き始める。

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bronco

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