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628 三人目の大人 ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/07/10(木) 20:40:27 ID:lK8rj6z40
そしてお母さんたちは「いやぁ」と口々に言って、大げさな身振りで恥ずかしがる。
お父さんたちは静かに苦笑をする。
子どもたちはてんでに騒ぎ始めて大はしゃぎ。
そんな光景を微笑ましく眺めていた先生は、父兄たちに話しかけようと教壇を降
りて歩き始める。
その瞬間、つんざくような悲鳴が上った。
悲鳴は教室中に響き渡り、大人も子どもも息を呑んで動きを止める。
その声の主は、壁の隅の絵を見ていたパーマ頭の女性だった。
先生が駆け寄ると、その女性は目を剥き指を鉤のように折り曲げて口元にあてた
まま叫び続けている。
その視線の先には、絵の中でテーブルの端に座る三人目の大人の無表情な顔があった。
「という怪談があってな」
と師匠は言った。
大学に入ったばかりの春のことだった。
彼は大学のサークルの先輩だったが、サークル活動とはまったく無関係に重度のオ
カルトマニアで、僕はその後ろをヨチヨチとついていく弟子というか子どものよう
な存在だった。
「ここはどこですか」
一応聞いてみたが、答えは薄々わかっていた。
僕たちは人気のない団地の、打ち捨てられて廃墟同然になっているアパートの一室
に忍び込んでいた。
僕たちがしゃがみ込む畳には土足の跡や、空き缶、何かが焦げた跡などがある。少
なくとも人が住まなくなって5年以上は経っている様子だった。
629 三人目の大人 ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/07/10(木) 20:43:36 ID:lK8rj6z40
師匠は言う。
「その三人目の大人を描いた子どもが、家族と住んでいた部屋だ」
実話なんですか。
そう聞くと、頷きながら「もともと巷の怪談として広まってるわけじゃなくて、個
人的なツテで収集した話だ」と言って、部屋を照らしていた懐中電灯を消した。
深夜の1時過ぎ。辺りは暗闇に覆われる。
どうして明かりを消すんだろうと思いながら、じわじわとした恐怖心が鎌首をもた
げてくる。
「怪談の意味はわかったよな」
と師匠らしき声が暗がりから聞こえる。
なんとなく、わかる。
母親が最後に悲鳴を上げるのは、その三人目の大人が、本来そこに描かれていては
おかしい人物だったからだ。
まったく心当たりのない人物ではない。そうならば「誰かしら」と首を捻るくらい
で、そこまで過剰な反応は起こさないだろう。
知っているのに、そこにいてはいけない人物。
それも死んでいなくなった家族などであれば、それを絵の中に描いた男の子の感性
に涙ぐみこそすれ、恐怖のあまり悲鳴を上げたりはしないだろう。
知ってはいるが、家族であったこともなく、しかもテーブルを囲んでいてはいけな
い人物。
暗い部屋に微かな月の光が滲むように射し込み、柱や壁や目の前に座っているはず
の師匠の輪郭をおぼろげに映し出している。
かつてテーブルが置かれていたであろう6畳の居間に僕は身を硬くして座っている。
闇の中に、青白い無表情の顔が浮かび上がりそうな気がして、どうしようもない寒
気に襲われる。