Categories: 師匠シリーズ

エレベーター

この怖い話は約 5 分で読めます。

193 エレベーター  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/02/11(月) 23:42:57 ID:sx6grxVr0
俺は腕時計を見た。見たところで、今日はもうなんの予定もないことに気づく。
「今からそこに行ってもいいか?」
友人も俺に習ってか、儀式的に腕時計を見た後、「いいよ」と言った。
俺が行ったところで問題が解決するとは思えないが、少なくともなにか怖い目には遭え
るかも知れない。友人がこの話を俺にしたのも案外解決という目的ではなく、漠然とした
“共有”のためかも知れないじゃないか。
好奇心猫を殺す。
思わずそんな呟きが自嘲気味にこぼれ出た。昨日の夜、漫画を読んでいてそんな言葉が
出て来たのがまだ頭にこびりついていたらしい。俺にぴったりの格言だと思う。けれど
その頃の俺は、手に届く距離にあるオカルトじみた話を無視できる心理状態になかった
のは確かだ。
「克己心じゃなかったっけ」
という友人の間の抜けた声が聞こえた。

夕暮れが深まる中を、自転車で駆けた。
密集した住宅街から少し離れた郊外に友人のマンションはあった。上空から見たとすれ
ばそれは大きなLの字のような構造をしているようだ。駐車場に自転車を止め、夕日に
巨大な影を伸ばすその威容を見上げる。とうてい学生向けの物件には見えない。実際、
敷地内には小さなブランコや昆虫の形をした遊具が散見できた。ここには小さな子ども
のいる多くの家族が住んでいるのだろう。
「いいとこ住んでんなあ」と漏らしながら、友人の後をついて玄関へ向かった。
1階のフロアに入ると、すぐ正面にエレベーターが現れる。L字のちょうど折れている
あたりだ。右手側と、振り返る背後に各部屋のドアが並んでいる。
「階段もあるけど、あっちの端なんだ」と友人は背後の、L字の短い方の端を指差した。

194 エレベーター  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/02/11(月) 23:44:56 ID:sx6grxVr0
「ちょっと不便な感じ」
そう言いながら、友人は思ったよりあっさりとエレベーターの上向き矢印ボタンを押した。
現在の階数表示では5階のランプが点灯している。あまり待つことなくすぐにランプが
降りてきて、1階のそれが一瞬点灯するかしないかのうちに扉が開いた。
「なんか、前振りあった分、緊張するな」そんなことを言って、友人は中に乗り込んだ。
俺も後に続く。
「4」のボタンを押してから、「閉」のボタンを押す。
扉が閉まる。
閉まる瞬間、正面の灰色の壁に顔のような模様が見えた気がしてドキッとする。音も無
くエレベーターは上昇する。息が、詰まる。
「今も、目に見えない誰かが乗ってたりすんのかな」
友人は軽い口調でそう言う。かすかに、語尾が震えている。
何ごとも無く、エレベーターの箱は4階についた。扉が開き、俺たちは外に出る。
友人は軽く肩を竦めて、両方の手の平を返した。
「昇る時は、大丈夫なんだよ」
夕焼けが立ち並ぶ部屋のドアをフロアの端まで赤く染めている。友人はその一つを指さ
して「俺んちだけど、よってくか」と言う。微かな起動音とともに背後のエレベーター
が下に呼ばれ、ランプが一つ、二つ、と降りていく。二人とも、なんとはなしにそちら
から目を逸らす。
外から子どものはしゃぐ声と走り回る足音が響いて来た。脇の高さの塀から顔を出して
下を覗いてみると、数人の小学生くらいの子どもがおもちゃの剣らしいものを振り回し
ながら敷地内の舗装レンガの道を行ったり来たりしている。しばらくそれを眺めたあと
で、「情報収集してみよう」と言って俺は視線を戻し、人差し指を下に向けた。
「オッケー。でも先に荷物置いてくる」
196 エレベーター  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/02/11(月) 23:47:21 ID:sx6grxVr0
友人はドアの鍵を開けると二人分のバッグを玄関先に放り込んで戻ってきた。そしてエ
レベーターの前に再び立つ。箱の現在位置は8階に変わっている。
今度はなかなか矢印ボタンを押さない。少し緊張しているようだ。
横目で言う。「その、変なことが起こる確率はどのくらい?」
「あー、ご……5回に一回くらいかな。いや、10回に一回かも。……わかんねえや」
俺は質問を変えた。
「昨日と今日は?」
「……あった。昨日の夜、酒買いに降りようとしたらよ……」
そこまで言ったところで、「ちょっとごめんなさーい」という声とともに40代くら
いの主婦と思しき年恰好の人が俺たちの立ち位置に割り込んできた。まるでエレベー
ターの前で立ち話をしている俺たちを邪魔だと言わんばかりに。
後ずさりして場所を空けた俺たちの目の前で主婦は下向き矢印を素早く押し、エレベ
ーター上部の階数表示ランプを見上げた。
7,6,5とランプが下がって来て4の表示が光ろうかという時、俺たちは顔を見合
わせて(このおばさんと一緒に降りるべきか)とわずかに思案した。
が、次の瞬間驚くことが起こった。
4の数字が光るタイミングが来てもエレベーターの扉は開く気配も見せず、表示ランプ
はそのまま4、3と下がっていったのだった。
あっけにとられた俺の前で主婦は「チッ」とあまり上品でない舌打ちをしたかと思うと、
踵を返してさっさと階段の方へ去って行ってしまった。
取り残された俺たちは、再び人気のなくなった空間にたたずんで顔を見合わせた。
「これか」
俺の言葉に友人は神妙に頷く。
ぞわっと背筋が寒くなった気がした。

Page: 1 2 3 4 5 6 7

bronco

Recent Posts

迷い

霊とかとは全然関係ない話なんだ…

4年 ago

血雪

全国的にずいぶん雪がふったね。…

4年 ago

母親の影

私が小6の時の夏休み、薄暗い明…

4年 ago

閉じ込められる

彼はエレベーターの管理、修理を…

4年 ago

彼女からの電話

もう4年くらい経つのかな・・・…

4年 ago

テープレコーダー

ある男が一人で登山に出かけたま…

4年 ago