この怖い話は約 3 分で読めます。

「おかあさん」

F美が呼ぶと、少ししわは目立つものの、奥からにこやかな顔をしたきれいなおばさんが出てきて、私とS子に、こちらが恐縮するほどの、深々としたおじぎをしました。
洗濯物をとりこんでいたらしく、手にタオルや下着を下げていました。

416 名前:かおる 投稿日:02/02/07 00:45

「お飲み物もっていってあげる」

随分と楽しそうに言うのは、家に遊びに来る娘の友達が少ないからかもしれない、と私は思いました。
実際、F美も「家にはあんまり人は呼ばない」と言ってましたから。
もしF美の部屋があんまり女の子らしくなくても驚くまい、と私は自分に命じました。
そんなことで優越感を持ってしまうのは嫌だったからです。
しかし、彼女の部屋の戸が開いたとき、目にとびこんできたのは、予想もつかないものでした。

417 名前:かおる 投稿日:02/02/07 00:46
F美がきれいだということはお話ししましたが、そのぶんやはりお洒落には気を使っているということです。
明るい色のカーテンが下がり、机の上にぬいぐるみが座っているなど、予想以上に女の子らしい部屋でした。
たった一点を除いては。
部屋の隅に立っていて、こっちを見ていたもの。

マネキン。

それは間違いなく男のマネキンでした。
その姿は今でも忘れられません。
両手を曲げて縮め、Wのかたちにして、こちらをまっすぐ見つめているようでした。
マネキンの例にもれず、顔はとても整っているのですが、そのぶんだけその視線がよけい生気のない、うつろなものに見えました。

418 名前:かおる 投稿日:02/02/07 00:48

マネキンは真っ赤なトレーナーを着、帽子を被っていました。
不謹慎ですが、さっきみたおばさんが身につけていたものよりよほど上等なもののように思えました。
「これ・・・」
S子と私は唖然としてF美を見ましたが、彼女は別段意外なふうでもなく、マネキンに近寄ると、帽子の角度をちょっと触って調節しました。
その手つきを見ていて私は、

鳥肌が立ちました。

「かっこいいでしょう」
F美が言いましたが、何だか抑揚のない口調でした。
その大して嬉しそうでもない言い方がよけいにぞっと感じました。

419 名前:かおる 投稿日:02/02/07 00:50

「ようこそいらっしゃい」
といいながら、トレーにケーキと紅茶を乗せたおばさんが入ってきて、空気が救われた感じになりました。
私と同じく場をもてあましていたのでしょう、S子が手を伸ばし、お皿を座卓の上に並べました。
私も手伝おうとしたのですが、お皿が全部で4つありました。あれ、おばさんも食べるのかな、と思い、ふと手が止まりました。
その時、おばさんがケーキと紅茶のお皿を取ると、にこにこと笑ったままF美の机の上におきました。

それはマネキンのすぐそばでした。

420 名前:かおる 投稿日:02/02/07 00:53

とんでもないところに来た、と私は思いました。
服の中を、自分ではっきりそれとわかる、冷たい汗が流れ続け、止まりませんでした。
F美はじっと、マネキンのそばに置かれた紅茶の方を凝視していました。
こちらからは彼女の髪の毛しか見えません。
しかし、突然前を向いて、何事もなかったかのようにフォークでケーキをつつき、お砂糖つぼを私たちに回してきました。

Page: 1 2 3 4 5

bronco

Share
Published by
bronco

Recent Posts

迷い

霊とかとは全然関係ない話なんだ…

4年 ago

血雪

全国的にずいぶん雪がふったね。…

4年 ago

母親の影

私が小6の時の夏休み、薄暗い明…

4年 ago

閉じ込められる

彼はエレベーターの管理、修理を…

4年 ago

彼女からの電話

もう4年くらい経つのかな・・・…

4年 ago

テープレコーダー

ある男が一人で登山に出かけたま…

4年 ago