ヒサユキ

この怖い話は約 4 分で読めます。

165 本当にあった怖い名無し sage 2009/08/17(月) 18:35:50 ID:awDBDn0q0
こんな所でヒサユキの名前に会うとは、実際のところ驚いている。
彼女の事について真相を伝えるのは私としても心苦しいが、
だがこの様に詮索を続けさせるのは寧ろ彼女にとっても辛いことだろう。
そのため、ここで私は真相を明かそうと考えるが、その前にこれを読む者には一つの心構えを御願いしたい。
すなわち、彼女については、その一切を忘れてしまうこと。
これは、貴方と彼女のためである。
では、始めよう。
話は昭和十九年に遡る。
ここは若向きの掲示板であるだろうから、昭和年号で表記しても余り感興は沸かないかも知れない。
ならば、1944年としたらどうだろうか。
そう、日本が敗北する一年前のことである。
戦火は日増しに激しくなり、私の在籍していた帝国大学大学院でも、
文系ばかりか理系までも学徒出陣を余儀なくされていた。
そんな頃の話である。
私は民俗学を専攻しており、その研究主題は「鬼」であった。
有名な桃太郎の昔話に代表されるように、鬼にまつわる話は枚挙に暇が無い。
巷間に流布されている通説によれば、彼ら鬼は日本に漂着した露西亜人である。
成る程、赤ら顔や巨躯などは正に鬼の風情そのままであることだろう。
而るに、私が採った手法は、日本の鬼と中国の鬼とを比較検討することであった。
御存知の方も居るかも知れないが、中国の鬼は、日本で言うところの幽霊に相当する。
すなわち、前者が物質的であるのに対して、後者は霊気的存在であるのだ。
恐らく鬼が中国から日本へと流入する際に、何等かの変容を遂げたものと私は考えていた。

166 本当にあった怖い名無し sage 2009/08/17(月) 18:36:36 ID:awDBDn0q0

さて、ここで彼女について話さねばならない。
先述したように、彼女についての一切を忘れて頂かなくてはならないので、その名前については伏せておくことにする。
ただ、彼女は日本を代表する高名な生物学者(恐らく、誰もが一度は教科書で名前を見たことだろう)の一人娘であった。
そして、彼女自身も帝国大学大学院で生物学を専攻しており、その研究主題は「身体改造」であった。
物資も兵員も不足する中で敗勢を覆すために、彼女は軍部の支援の元に、
兵員の身体そのものを改造する研究を進めていたのである。
しかし、その研究は失敗の連続であったらしい。
そんな時に、私と彼女は出会うことになる。
鬼に対する私の解釈に彼女はひどく興味を持ってくれて、私達は「鬼」を介して何度か議論を交わすようになった。
そして、何時しか私達は惹かれ合い、逢瀬と恋文を交わす仲となっていった。
そんな頃、彼女について良からぬ噂を耳にした。
彼女の研究を支援しているのは、軍部ではなく、実は「組織」であるらしいのだ。
だが、「組織」については、私もよく知らない。
聞くところによれば、それを構成するのは軍部・財閥・皇族・神道関係者・帝国大学の学者であり、
言わば天皇が傀儡としての表の顔であるならば、「組織」は実験を握る裏の顔であるのだ。
このように書くと如何にも胡散臭いのであるが、
一説によれば、松代大本営の造営も彼らによって立案実行されたものらしい。
或る日、私は冗談混じりに彼女にそれを問い質してみた。
彼女は肯定も否定もせず、ただ笑っていた。
しかし、その次の日に、私が所属する研究室の扉を敲く者が居た。
軍服に身を包んだその将校は、自分は冷泉中尉であると名乗った。
彼の話はこうである。
優秀な生物学者である彼女を中心に、この度、新規研究計画を立ち上げたい。
ただ、その研究内容は甚だ特殊であり、かつ国家の存亡を左右するので、
諜報対策のために人里から離れた特別な研究所を建造した。
そこで、彼女と懇意にしている私も、共にその研究所で働いてはもらえないものだろうか、と。

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