ヒサユキ

この怖い話は約 4 分で読めます。

167 本当にあった怖い名無し sage 2009/08/17(月) 18:37:29 ID:awDBDn0q0

昨日の出来事とを合わせ考えるならば、彼の話はひどく疑わしいものであるように思えた。
冷泉という名前は如何にも偽名のようであったし、
殊更に自分が軍部所属であると主張しているようにも取れたからである。
私は「時間を頂きたい」と返すと、その日は彼に御引取り願うことにした。
その夜、この話を彼女に伝えた。
すると、暫く逡巡する様を見せていたものの、次の様に喋り出したのである。
彼女にとって、鬼に対する解釈は私のそれと全く異なるものであった。
私が霊気的存在から物質的存在への変容を民俗学的に捉えていたのに対して、
彼女はそれを生物学的に捉えていたのである。
簡明に述べるならば、霊気的存在が物質的存在に宿ることによって、後者は前者へと生物学的に変容するのである。
具体的に述べるならば、人間が幽霊に憑かれることによって、彼は鬼となるのである。
そして、その鬼となった人間を、大日本帝国軍は兵員として用いようとしているのである、と。
続けて言う。
私との議論の中から、彼女は先述の生物学的変容を理論化していった。
また、今回の新規研究計画というものも、これに関するものである、と。
「覆水、盆に返らず」とは正にこの事であるが、だが私はここで彼女を引き止めておくべきだったのだ。
確かに、軍部が関係する研究に携わっていれば、学徒出陣から免れる事が出来るという自己保身の意図はあった。
だが、弁解が許されるならば、俄かには信じ難い彼女の理論が成功を収めるかという学究欲、そして何より、
恋慕する彼女から離れたくはないという感情が存在したのである。
何れにせよ、私は彼女との同行を了承し、「ヒサユキ」は誕生してしまったのである。

169 本当にあった怖い名無し sage 2009/08/17(月) 18:38:39 ID:awDBDn0q0

その研究所は、成る程、山深い場所に位置していた。
だが、そこに至る途中の車内では私の両隣を体格の良い兵隊が占め、その研究所までの途上は判然としない。
漸く窮屈な車内から解放され、私達は研究所の前に立った。
そこで、私は少しく違和感を覚えたのである。
何故なら、新しく建造したにしては、いやに研究所は古びていたからだ。
元は白かっただろう壁は黒く薄汚れ、所々のペンキが剥がれ落ちていた。
そして、私と彼女はこの研究所で働くことになった。
そうは言うものの、私は民俗学を、彼女は生物学の研究をそれぞれ進めるだけであり、
帝国大学大学院の頃と同様な生活を送っていたのである。
だが、一つ気になる点があった。
それは、彼女が何処かに行ってしまう時間帯があったことだ。
研究所職員の誰に尋ねても芳しい返答は得られず、当の彼女に聞いても言葉を濁すばかりで要を得ない。
その一方、着実にその時間帯は増えていった。
いよいよ変しいと思っていた矢先、或る日、私は研究室の窓の向こうに彼女の姿を見つけた。
どうやら、研究所から何処かに行くようである。
だが、先述したようにここは山深い場所であり、近くの村落まで歩いて半日以上もかかるのである。
そこで、懸案の謎も解決すると思って彼女の後をつけたのは当然であった。
すると、彼女は深い山に独りで分け入って行く。
ちょうど真昼であったものだから私も玉の汗を落としながら、何とか引き離されないように続く。
不意に視界が開けた。
木々が綺麗に切り払われて作られた広場、そこに建っていたのは、小じんまりと古びた神社であった。
どうしてこんな場所に、と私が訝しんでいると、彼女はそのまま入口から入って行ってしまう。
さてどうしたものか、と私は暫く逡巡していた。
蝉の声がいやに煩かったから、きっとその時は夏だったのだろう。
--と、入口に人影が。
それは、白い羽織と袴を着けた幾人かの神官だった。

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