鬼伝説の山

「今更許してくれなんていわない。
でも本気でお前を嫌っていたわけじゃなかったんだ。遊び半分だった。
それに、お前が化け物を呼んだから冷静でいられたことはわかったけど
、だけど、お前も呪われていて、あの化け物に追われてる状況なのに、
堂々としてて俺を助けてくれた。こんなに勇気のある奴だって思わなかった。スゲェよ」
震えあがっていたUからは俺の姿がそう見えていたらしい。
事実冷静に捉えていたところもあったが、やはり恐怖に包まれて吐きそうな程だったのだが、
「……そうか」
と俺は呟いた。
俺の中の憎しみは完全に消えたわけではなかった。
だが、これまで協力して逃げてきた経緯と、呪いを犯した罪悪感とが積み重なって、
Uへの怒りは弱まっていた。

穴倉の外は、さっきまでクロボウに追われていた時の木々の騒々しさとはうって変わり、
闇に溶け込んむ静寂が満ちていた。
俺は続けた。
「呪いなんてするもんじゃないな。お前たちも人間だから、内心で俺が気にくわないこともいっぱいあったんだろう。こんなことに巻き込んだのは俺のせいだ。でもそれが俺を虐めた報いだと思ってほしい……死んだ奴には頭も上がらないけれど。ただ一生その罪は背負うと思う」
「あぁ、俺も身に染みたよ。怖さも痛みも――」
俺たちはそのあと特に言葉を交わさなかった。お互い疲れ果て、穴倉の外に気を配るのに精一杯だった。クロボウが跳ねてくる音を聞き取ろうとして数分後、俺たちは照明が切れたように眠りに落ちていた。
眼が覚めると、生暖かい空気が満ちていた。
俺は面前に箱が落ちているのが見えた。
そして、驚いたことに蓋が空いていた。
もう夜明けらしく、微かな太陽の光が木々の間隙をぬって、俺の目にあたった。
穴倉の外に、男が立っていた。
「呪いは解けた」
「え?」
俺は意味が飲みこめなかった。
「特別に真実を教えてやろう」

そういって男は一方的に説明を始めた。
「呪いを止める方法は、相手に対しての怨念を消すことだ。お前の怨念は髪の毛を通して、箱に力を与え、呪いを発生させた。
故にお前の怨念が消えれば、髪の毛から箱に流れる怨念も止まり、呪いが消滅する。私はお前たちの確執を拭いさる状況をつくっていたのだ。
だからあれを完全に消さずにお前たちを追わせた」
「じゃあ……」
俺ははっとして周囲を見回そうとした。
「奴はもういない。この次元にはな」
突如透き通るような声が降ってきた。
「どこにいっても、完全なものなんてないのね」
わたしが男の隣に立っていた。
そして穴倉に歩み寄ってしゃがむと、箱を掴んだ。
「渡したこの箱、わたし呪いは返してもらうわ。あげたつもりはないからね」
わたしは端正な顔で微笑んだ。
「もらったつもりもないよ。それにもういらない」
そのとき見えた彼女の腕に傷はなかった。
Uはまだ眠っていた。
彼女はいった。

「これで最後になっちゃったのは残念だけど、あなた的に考えると命拾いしたのは運がよかったね。
あぁ、でも代償で寿命削れちゃうんだっけ」
「いいんだ。それが人を呪った代償だから」
「私に対してもな」男が抜かりなくいった。
「そうですね、助かりました」
すると、いつのまにか、わたしは消えていた。
俺はもう追われなくていい安心感に脱力して、大きく息を吐き吸い込んだ。
そのとき、焦げ臭いにおいが混じっていることに俺は目を見開いた。
慌てて穴倉から出ると、眼前に広がる木々が炎に包まれていた。
ついさっきまで何の異変もなかったはずだ。
なのに――ぱちぱちと音を立て、見慣れた植物が無残に焼かれていく。
男は燃え上がる様を見やりながらいった。
「ヘルハウンドか、そういえば奴も来ていたんだったな。どうやらここにある道を絶つつもりらしい。お前もさっさと退け。
奴の粛正に巻き込まれたくなければな。といってもお前は、時がくれば再びその姿を目にするだろうが。
では私も、帰還しよう」
男は俺の額に指を突いた。
次の瞬間、俺の身体から何かが抜き取られる感覚が走った。
やや間をおいて、俺が目をあけると男は忽然と消えていた。
何だかやるせなかったが、俺はUを抱えて森の外へ脱出した。
煙を避けながらで多少時間はかかったが、遠くで祖母の姿が見えて俺はほっと息をついた。

結局、黒衣の男の正体もわたしの素性も何もわからなかった。
ただ、俺が幼い頃から共にしてきたこの森には、確かにここではないどこか別の世界へ通じる道があったのだろう。
元気になった様子の祖母がこっちじゃ! と叫んでいるのが見えた。
森の前では消防車を呼ぶ声と群衆ができていた。
俺が祖母のところまで到着し、Uを横にさせる。
そして、これほど騒ぎになっているのにいびきをかいて眠りこけているUと、事情を問いつめずに俺の身を
心配してくれた祖母と共に、燃える山を見つめた。
「えらいことになった」と祖母。
「ごめん」
「会ったのじゃな、鬼に」
「たぶんそうだけど、全然想像してたのと違ったよ」
「鬼といっても伝説通りではない。B山に潜む鬼は別の世界から来た者じゃ」
「ばあちゃん、もしかして知っているの?」
俺は思わず声を荒げた。
「んや、詳しいことはわからぬ。だがそう確信できる。若かりし頃ワシは願ったのだ。だからアレが来た」
俺にはよく理解できなかった。

「でも、おかげで俺は少し頭が覚めたと思う」
祖母はうん、うんと頷いていた。
「……あの魔法陣じゃが」
「あ、ごめん、勝手に」
倉に描いた魔法陣をそのままにしてあったことを俺は思いだした。
「いいんじゃ、あれは役にたったか?」
俺はしばし考え、あごをひいた。
「でもあの本……って」
「あぁ確か、西洋を旅するのが好きじゃった父親からの土産物だったかの。ワシも恥ずかしながら、借りて読んでおったわ。
少し頼りない土産だと思ったが意外に役にたつ。だが、お前がこんなことになるのなら、もっと早くに教えておけばよかったなぁ、すまん」
俺は今でもこの祖母の言葉を覚えている。
もしかしたら祖母は、あの黒衣の男が何者であるのかも含め、全て知っているのではないかと思ったが、聞かないようにした。
(その後事情があって、男の正体や道、化け物とわたしについての見当はついたが、
祖母が亡くなったあとだったこともあり、真相はわからない。そして祖母のいった、こんなことになるのならの意味が
代償についてだったのだとしたら、人を呪った俺にとっては適切な報いだと思っている)

俺はもう一度、真っ赤に染まるB山を見やった。
ふと、入り口に黒い犬が鎮座していることに気が付いた。
祖母や他の住民には犬が見えていないようで、もくもくと上がる分厚い煙を眺めていた。
犬は変わらずこちらを見据えている。
直後、俺は声を聴いた。
頭の中になだれ込んでくるような感覚だった。
俺は直感的にあの犬の声だと思った。確かなことは、俺だけに対して発していたことだった。
そう、奴は、こういったんだ。

「 また 迎えに こよう 」

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