鬼伝説の山

「あぁああぁ、ああぁ!!」
俺は一目散に蔵へ逃げた。
腕がものすごく震えた。それでも何とか扉を閉めた。
人ではなかった。とにかく細長くて黒い何かだった。
頭部らしきものが出っ張っていた。人と思しき目があった。他には何もなかった。
下腿部分を屈伸させて跳ねてきたのだ。
そして、扉へ体当たり。
悪夢が舞い戻ってきた。俺は鍵を掴んで固定した。
振動が俺の体を吹っ飛ばそうとする。
俺はポケットを探った。お札を扉に貼りつけるためだ。
だが、いくらまさぐってもお札を掴むことができなかった。
「ない」
全てお札は使い切ってしまったらしい。
ノックされた夜に何枚も使ったのを悔やんだ。
だが、俺はもう一つの頼りを作っている。
準備しておいて本当によかったと思った。
俺は思い切って鍵から手を離し、包丁片手に魔法陣に近づく。
扉に当たる衝撃は増していき、鍵が破壊される前になんとしてでもこの儀式を完成させなければならない。
俺は包丁を手のひらにあてがって、すっと下に引いた。
線となった傷から血が溢れる。それを魔法陣に数滴落す。
包丁を魔法陣の中央に突き立てる。
ふと、この魔法陣は本当に利き目があるのかどうか疑問が湧いてきた。
だがすでに遅かった。

刹那、扉が破壊される轟音が響いた。俺は悲鳴をあげた。
すると閉じた瞼の中の暗闇が白い光に包まれた。
光が魔法陣から発生したらしい。
その光の威力から推測すると倉中に及んでいただろう。
そして、跳ねる音が後方より迫る中、俺は気を失った。

眼が覚めたのは夕方だった。俺ははっとして後ろを見る。
あの化け物の姿はなかった。
鉄製の扉は閉め切られたまま、鍵も破壊された形跡もなく元通りになっている。
俺は頭をかかえた。確かにあの後、鍵が壊され扉も突破されたはずだ。
そして、魔法陣から眩い光が――俺は誰かの気配を感じた。
あの化け物かと思い、俺は尻餅をつきながら後退した。
だが、そこにいたのは化け物ではなかった。
低い声がした。
「お前が」
スラリと背の高い、黒衣に身を包んだ男だった。
「お前が呼んだのか、私を」
と、気疲れをひそませた問いを、その怪しげな男は発した。
見知らぬ相手を前に、俺は硬直して何もいえなかった。
しばらくして俺はまず訊いた。
「あなたは一体、誰ですか」
「お前に呼び出されたものだ」
黒衣の男は魔法陣の上に立っている。
俺は成功したんだと直感した。

だが、男が出てくるなど予想もしていなかったので拍子抜けしていた。
目に見えない結界などが張られるとか、そういう考えだった。
俺は化け物を見た後だし、突如現れた男にもそれほど動揺せず、単刀直入にいった。
「俺を助けてください」
「それが願いか」俺は頷いた。
俺は箱を見せた。
「この中に髪の毛を入れると呪われるんです。それで間違って自分の髪の毛を入れてしまったかもしれないんです。だからさっきの化け物に襲われて。とにかくこの箱を開けれさえすれば……」
男は細長い指で箱を掴むと、自分の眼間に持ってくる。
「これは開けられない」
「どうして」
「この箱は私も見たことがある。とても邪悪なものだ。誰からもらった」
「俺と同い年くらいの女の子に」
「ならば彼女でしか開けられない」
「そんな、森へいって何度も探したんです! でもいなくて……」
「森?」
俺は倉の外に出た。男もついてきて家の裏側に広がるB山を見上げた。
「なんと、道が開けているのか。それに同化している」
「道?」
男は答えずにいった。
すでにわかっていると思うがお前が出会った少女は人ではないぞ」
俺はすでにそう確信していた。もっと早くに気づいていればよかった。

「あの化け物も……当然」
「ふむ。この世のものではない」男は呟いた。
「それで、その箱を開ける方法はないんですか?」
俺は懇願するように問うた。男は冷静に告げる
「言った通り無理だ。当事者に頼む以外には」
「ならこの箱をくれた彼女に掛け合ってくれるんですね!」
「それは断る」
「!?」
俺は意味がわからなかった。
それほどあの少女が強力だというのだろうか。
「さっきの化け物だって退かせたじゃないですか」
「あれは小物にすぎん」
「あの少女は一体何なんです。それにあなたも。人ではないんでしょう? 別のところから来たんでしょう?」
「追及すればさらなる堕落が待つぞ。お前は呪いを解くことだけに専念すればいい」
確かにそれだけで俺は精一杯だった。
これ以上面倒事に巻き込まれるのはごめんだ。
「交渉がダメなら、他に箱を開けてもらえる方法はないんですか!?」
「交換条件しかない」
「交換?」ただの交渉では無理ということだったのだろうか。
「彼らは邪悪を好む。我らは代償を好む。それ以外の興味はない。より邪悪のものを彼女に渡せばいいのだ」
「邪悪、代償……」

「お前も払うのだぞ」
「じゅ、寿命……ですか」俺はぱっと思い浮かんだ単語をいった
「どれでもよい。しかし私は身体の一部を推奨する」
「何故です」
「好きだからだ」
俺は何も言えなかった。
最悪寿命でもいいと思った。あの生物に殺されるより百倍もマシだからだ。
すでに逢魔時だった。
俺はわたしが森にいる気がした。俺は男と共にB山へ足を踏み入れた。

するとそこへ、Uが怯えながら俺のところへ駆けてきた。
「俺昨日見ちまったんだ。窓の外で跳ねてる変なものを。お前もみたか!?」
俺はとりあえず否定した。Uには男が見えていないようで俺だけを見て話していた。
男が横でいった。
「そいつも連れて行け」
「え」
「いい材料になる」
俺は考え込んだあと、頷いて、
「実は俺もそいつのこと知ってるんだ。だから今、化け物から身を守るために森へ行く。Uくんも手伝ってほしい」といった。
こいつにお願いするなど屈辱だった。
「わ、わかった」とUは泣きべそをかきながらいった。
道中、Uは男が見えていないので、俺は二人との会話を同時にこなさなければならなかった。

だからすれ違いも起こった。
「なぁ、どうして俺に手伝えなんていったんだよ」
Uがいきなりいって、俺は驚いた。Uも引っ掛かりを覚えていたのだろう。
「そっちが……」
いいさして俺は口を噤んだ――そっちが今にも泣きそうになっていたし、男の命令だから、などいえるはずもなかった。
「それにお前、どうして平気な顔してんだよ。得たいの知れないモノがいるんだぜ?」
「俺だって怖いよ。でもそんなこと言ってちゃ解決なんてしないだろ」
「それは、そうだけどよ」
Uは黙り込んだ。
しばらくして「お前は俺を恨んでるか?」と唐突にUが訊いてきた。
「……訊かなくてもわかると思うけれど」俺は苛立ち混じりにいいのけた。
「そうだよな。いじめたんだもんな」
「まさか謝るつもりじゃないよな」
「……」Uは何もいわなかった。
「お前だってな生意気なところが悪いんだ。俺たちだって遊び半分だったし……お前も俺たちを気にくわなかったんだろうけどよ、どこだよ。まぁ直すってわけじゃないけど」
「どこで彼女と出会った」
男が口を挟んだ。俺は前方に、当初呪いの準備をしていた大木を見つけた。
「アソコ」
「え?」
「あ、いや」
「俺たちのアソコが気に入らなかったのか?!」
「違う!」中学生特有の、何でも下ネタに関連付ける習性が発動した瞬間だった。
こんな状況で気楽なものだと今でさえ思う。

318 :本当にあった怖い名無し:2014/08/30(土) 21:29:26.29 ID:Wjc7QzVKb
男が立ち止まった。俺も気づいて停止する。Uもそれに習った。
「いた」
俺は息を吐きながらいった。
彼女が立っていた。出会った時と同様に白いワンピースを着ている。
線の細い体を件の大木にもたれさせている。
すると、電池が切れたようにUが倒れた。
「!」
「心配するな。私がやった」
平然と男が呟いた。
「気絶させたんですか」男は頷いた。
「あら、いつのまにそんなものを呼び出したの?」
彼女は男のほうを見ていった。俺はポケットから箱を取り出した。
「俺はバカだった。この箱の中に自分の髪の毛を入れてしまったんだ」
彼女が可笑しそうな目を俺に移す。
「そう」
「呪いを解いてほしいんだよ。俺はこいつらに呪いがかかるようにしたいだけだったんだ」
「いったでしょ? 自分の一部は入れちゃだめだって。それを守らなかったのだから呪われて当然よ。そこに情けなんてこれっきしもないわ」
「でも俺は何も悪くない!」
「あなた最初呪いをかけようとしてたじゃない。じゃあ当然呪詛返しも覚悟してたのよね。だったら今の呪われた状況を呪詛返しにあってると思えばいいんじゃない?」
「この人間と、その箱の中身を交換したい」
男が割り込んだ。

「……」
「お願いだ!」
「ダメ。だめったらダメよ聞かないわ」
「この少年にはお前の好く邪悪はもはや影をひそめ始めている」
「いじめられていたあなたならわかるでしょ。都合のいいことなんてないの。思い通りになることなんてないのよ」
「諦めて死ねっていうのか」
「呪うというのは、人を侮蔑するのと同等かそれ以上に穢れていて、とっても楽しいことなのよ」
「私はここだ」
彼女は男を見た。
「迷子は帰りなさいな」
「呼び出されたのだ。わかっているだろう。だから願いは聞き届けなければならない」
「そう」
直後、茂みが音を立てた。その茂みから立ち上がるようにして現れたのは、あの跳ねる化け物だった。俺はその禍々しい姿に怖気づいて、悲鳴をあげた。
「ちょうど獲物が揃っているんですもの。ね、クロボウ」
彼女は嬉しそうだった。俺は足が動かなかった。
現れたクロボウ(名称がわからなかったので勝手に命名)が飛び跳ねてくる。
男が手を伸ばした。瞬間、俺の視界が真っ暗になった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。