鬼伝説の山

その晩、俺はベットに横たわって、これまでのことを思い返していた。
あの少女にもう一度会って、この箱を返そうと思った。
俺の手にはよほど手におえないとわかったからだ。
それに森で感じた気配、ただならぬモノがうろついていることは確かだ。
あれがTとNを殺したのだろうか。
俺はその箱が異形のモノを操っているように思えて手元においておくのが怖くなった。
だが、俺は現在この箱の持ち主だ。呪いを受けているのはUたち。
だったらあの変なものは俺のところにはこないということになる。
俺は息をはいて目を瞑った。今日もすぐに眠れると思った。
その時だった。
「コンコン」
突如、窓が叩かれた。
誰だ。ここは二階のはずだ。
俺の背筋に悪寒が走る。
Uが石でも投げているのかと思ったが、確かに人間の拳でノックした音だった。
窓にはカーテンがしかれていて、向こう側は見えない。
俺は確かめる気にもなれず、布団をかぶった。
「うっうぅ」
うめき声が聞こえた。
昨日茂みからした声と同じだった。俺はさらに強く瞼を閉じる。
ドンドンドンドン!
ノックが激しくなった。

俺はますます震えて、耳を塞いだ。
何故俺のところへ? 箱は俺が持っていて、呪った相手はUたちだ。
髪の毛もいれた。瞬間、俺はここで思い至った。
昨日、喧嘩の最中、俺の髪の毛も引っ張られた。
そのとき、痛みに堪えかねて頭をなでたとき、一緒に自分の髪も手について、そのまま箱に入れた可能性があったのだ。
あの時、えらく動転していたからちゃんと確認していなかった。
俺は血の気がひいた。
しばらくするとうめき声もノックの音も止んだ。
俺は一先ず安心して、汗だくになりながらも、箱を持った。
蓋を開けようとするが開かなかった。息を飲む。

「まずい」
俺も呪われてしまった。
少女に取り消してもらわなければならない。この箱を持っていたのだから、その対処法ももしかしたら知っているかもしれないからだ。
最悪祖母にいって怒られるのを覚悟に、お寺へ相談しにいくしかないだろう。
「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
俺は飛び上がった。窓の外から大音量で不気味なうめき声が俺の部屋中に響いた。
俺はお札を何枚も壁に張った。今まで忘れていたことを悔やんだ。
再び布団に潜り込むと、ただ朝がくるのを待った。
そしていつのまにか、俺は眠ってしまっていた。

朝、思い切ってカーテンを開けた。
そこには何もなく、田んぼの景色が広がっているだけだった。
お札は剥がれ落ちていた。
よく見ると、お札の表面が真っ黒に塗りつぶされていた。
俺はこの日、部屋から一歩も出ることなく夕方まで過ごした。
Uが死んだという知らせはない。俺のところに奴が来ていたからだと思った。
お札のおかげで助かったのだ。
あの少女に会うには、最初のように逢魔時がいいと思った。
森に入ること自体恐ろしかったが、自分の命がかかっていると思うと気にならなかった。
そして十六時をまわったころ、俺は忍び足で家を抜け出し、森へ入った。
だが、いくら探せど、彼女は見つからなかった。
粘土が大木に打ちつけられているのが残っていて、俺はすぐさまそれを壊した。
俺はいい加減歩き疲れて森を出た。

落ち込みながら歩く俺は、入り口で再び黒い犬を見た。
呼吸をしている様子はない。
やはり鳥肌が立つ。俺は下を向いて進む。
家に入る前に、俺は少しだけ振り返ってみた。
犬はすでにそこにはいなかった。
このままでは本当に殺されると思い、俺は意を決して祖母に相談しようと思った。
まだお札もあるから時間もあるだろう。
居間に行くと、祖母が蹲っていた。
「どうしたのばあちゃん」
「……」
祖母は無言だった。
「俺、助けてほしいことがあるんだ!」
「む、無理じゃ、ワシにはどうにもならん。お前も逃げろ。邪気が消えんのじゃ。鬼もおる。お札はまだあるじゃろう? だからそれを持って逃げろ」
祖母はそれを繰り返しいうだけで、俺の話に耳を傾けていなかった。
逃げられることならそうしたいが、呪詛返しのように奴らは必ず追ってくるだろう。
呪いを絶たなければ意味はない。時刻は十八時になる。じきに日が落ちて夜になる。
そうすればまた奴がやってくる。
今日はUのところへ行くのだろうか。だが、一匹だけとも限らない。
俺はとにかく今夜は奴が簡単に入れないようなところで寝ようと思った。
俺の部屋だと幾分心細かった。

俺は一人、庭にある倉にいった。
窓もなく、頑丈な鍵で施錠できる鉄製の扉があるのだ。
俺は中に入り、人一人分横になれるスペースを見つけた。
溜まっていた埃を履き、その上に新聞紙やタオルケットを敷いた。
台所の棚から持ってきたろうそくを何本か用意する。
倉の中には木の棒やクワなど武器になるものも保管されていた。
俺はさらに必要になるものがないか探っていると、頭部に衝撃が走った。
足元に一冊の分厚い本が落ちていた。
俺が手を伸ばした先に、数冊の本が並べられている棚があってそこから落下したらしい。
俺は手に取って見た。表紙には何も書かれていない。
めくってみると舞い上がった埃ごしに、不気味なイラストと魔法陣が書かれていた。
文字はかすれて読みにくかったが、祓うという文字を発見した。
俺は黒魔術的な何かだと思った。
ネットで呪いのやり方を調べているときに黒魔術も調べていたのだ。
魔法陣もその時に見たものと似ている。
呪いが本当に存在したのなら、黒魔術もしかりだと俺は直感した。
幸い、その本は全頁俺にもわかる言語で書かれていた。
魔法陣の書き方や準備のしかたが回りくどい文章で書きつづってある。
俺は、お札の他にも心強いアイテムが欲しかった。
だから本の手順を踏んで魔法陣を描こうと決めた。
材料は至極単純で、集めるのも簡単だった(手順はあえて省かせてもらう)
俺は赤いペンを持ってきて(本当は異なる)本に書かれている通りに円陣を描く。
これで、奴を祓うことができるのかわからないが、お札も扉に貼ってあり心強くはなった。

俺はもう一度読み返していると、飛ばしていた項があることに気付いた。
道具が一つ足りないことになる。
刃物だった。
俺は包丁を思いついたが、台所まで取りに行かなければならない。
腕時計をみると二十時を過ぎていた。
作業している間に結構時間がかかってしまったようだった。
持ってきたおにぎりも食べ終えている。
昨日ノックされたのは二十二時過ぎだ。
だからまだ大丈夫だろうと俺は取りに行くことに決めた。
扉に近づき、錠を開けようとしたその時だった。
小石が散らばる地面と靴底がすれ違う、僅かなジャリという音が聞こえた。
祖母ではない。
奴が来たんだと直感した。扉の前を行ったり来たりしているのがわかる。
包丁は諦めるしかないようだ。
お札も貼ってあるから、中に入ることはできないだろう。
俺はしばらくその何かをひきづるような音を聞いた。
ふと、静寂が降りてくる。
俺は昨日のこともあってすぐには警戒を解かない。
あの心臓を鷲掴みにするようなうめき声に備えるように耳を塞ぐ。
そうして長い時間が経った。

俺はさすがにつかれてきた手を耳から話した。
ドン!
俺は後ずさった。扉全体が揺れたのだ。
続いて、また扉が固いものにぶつかった音をたてて振動する。
体当たりしているのだ。
ノックといい体当たりといい、倉の外にいるモノが実体を持っているのは確かだ。
俺はすぐさまクワを持ってきた。
扉は尚も揺れている。俺はその前に立ってクワを構えた。
すると、鉄製であるにも関わらず、倉の内側に向かって扉の中央が盛り上がってきた。
俺は生唾を飲みこんで、一番奥まで退去する。
お札の一部が剥がれている。
ギシギシと音をたてながら盛り上がりはさらに増していく。
俺はその時お札の文字が蠢いているのを見た。
虫が這うように文字通しがぶつかりあい、恐怖と共に見入ると、最後には文字が寄り集まって、人間の顔を形作った。
それは何かを叫ぶように口を縦に開き、苦しみの表情を張り付けていた。
俺はすくみ上った。
扉の鍵の一部が今にも外れそうになっていた。
お札も半分がめくれて、風が吹くはずもないのに激しく揺らめいている。
札に現れた顔が叫んでいるような低い風の音が、俺の耳に渦巻いた。
俺の動悸は最大限にまで達した。
刹那、空気が振動した。
俺はその場にへたり込んだ。

恐る恐る扉を見る。俺は素っ頓狂な声を出した。
扉に異常はなかった。先ほどまで盛り上がっていたはずだったが何の変化もない。
ただ鍵は一部壊れていた。お札は完全に剥がれ落ち、焼けたあとのように黒く塗りつぶされている。
俺は肩で息をしながら立ち上がった。扉に手を触れる。
熱くもなく、柔らかくもないただの鋼鉄だった。
扉に耳をくっつける。
外からの音はない。やはりお札の効果だったのか、奴は立ち入れなかったようだった。
俺は確保していた寝床に行って横になった。
そして、恐怖で朦朧とする意識を越えて、微睡に落ちていった。

眼が覚めたのは朝の五時だった。
夏の早朝は幾分明るくなっているはずだ。
俺は扉に近づいて、耳をそばだてた。
何の音も気配もない。
俺は静かにカギを開けた。開いていくと、空虚な庭が目の前にあった。
大きく深呼吸して新鮮な空気を吸いこんだ。
俺はふと、刃物のことを思い出して、水を飲みにいくついでに包丁を取りにいくことにした。
あの魔法陣を途中まで完成させたのだから、最後までやり遂げたかった。
俺は台所にいって水を一杯飲んでから、何本かある包丁の一本を手にとって外に出る。
一先ず危機は乗り越えた。
昨夜の記憶は鮮明に蘇り、鳥肌となって俺を襲い続けた。
薄い光のもと、異世界から人間の世界に戻ってきたように感じていた俺は、安心して蔵へ戻る。
が、
「ううぅぅぅぅっぅぅぅぅぅぅぅ」
突如後ろの茂みから、うめき声をあげた黒くて細い物体が、地面を跳ねながらこちらに向かってきた。

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