鬼伝説の山

 

俺はその後引っ越してからもそのままにしてある自分の部屋に行き、リュックに入れていた箱をベットの上に置いた。
その箱は西洋に出回っている骨董品にも見えた。
俺は正直こんなもので呪えるはずがないと思っていた。
彼女の悪戯なら、まんまと乗せられた形だ。
しかしかわいい女の子に騙されるのも悪い気分はしなかったのだ。
あの三人を呪う時間はいくらでもあるし、NとUの髪の毛も採取しなくてはならない。
大木にも準備を施したままだ。準備もしたのだし、最後まで成し遂げたかった。
俺はそのまま眠りについた。
次の日、俺は再び森へ行こうと画策した。
もしかしたらあのわたしという少女が来ているかもしれないと考えたからだ。
今度は箱をポケットに入れて玄関を出た。
太陽は高く、夕方までやはり余裕はある。
しかし昨日のようにいつの間にか日が沈んでいるとも限らなかったが、中学生だった俺の好奇心をとめる理由にはならなかった。
そうと決まったら行動するのみだ。
そして、家を囲む塀の入り口まできたときだった。
視界に黒い点が映った。俺は違和感を覚えて目をこらした。
俺の家の前にはいくつかの田んぼが隣り合っている。
間には小道が走り、十字にわかれた箇所もある。
その十字路の中央だった。

 

「犬だ」
真っ黒い犬が佇んでいた。
遠くの方だったので、細部まで確認できなかったが、犬の形であることに間違いない。
誰かの飼い犬だろうかと思った。
だが不思議なことにその犬は、普通の犬がやるように舌をだしてしきりに呼吸するのではなく、口をきっかり閉じたまま、じっとこちらを凝視していた。
俺は急に寒気がして足早に森へ向かった。
だが寸でのところで慌てた様子の祖母の声が聞こえた。
俺は冷や汗をかいて、すぐさま引き返す。
「ど、どうしたの?」
「大変じゃ」
「何が」
「お前のとこの同級生な」
誰だろうと思った。
「名前は?」
「うー、確かTとかいっていた」
箱に髪の毛をいれた奴だ。
「Tが何?」
俺はぶっきらぼうにいった。
「死んだ」
「!」俺は言葉を失った。

Tの家はここから近い。
俺が箱を見つめながら歩いていると、NとUが自転車に乗って走ってくるのが見えた。
「おい、Tが死んだんだ」
「知ってるよ」
「チッ、なんで」
二人は苛立ったようにいった。
俺はそのあと、二人にぼこぼこにされた。
話し方が気に喰わない、汚い手でさわるな、などと難癖をつくられて殴られたり水をかけられたりした。
彼らもTの唐突な死に戸惑っていたんだと思う。
俺もそうだった。
あとから聞いた話ではTの体には外傷一つなかったらしい。
持病があったわけでもなかったので、状況証拠から自殺、ということで片付いたそうだ。
彼女のいったことはこういうことだったのか。
しかし呪うといっても死に至らしめようとは微塵も考えていなかった。
だがその動揺は、次第に過激さを増すNとUの暴力によって、ざまぁみろという気持ちに変わっていき、こいつらにも同じ目にあわせてやるという思いに変わっていた。

俺は隙を狙って逃げた。二人は追いかけてくる。
森へ逃げ込んだ。
俺は体力も二人に比べてなかったのですぐにつかまってしまった。
できるかぎりの抵抗をする。
二人もそれでますます熱がはいり、つかみ合いの喧嘩に発展した。
俺は二人の髪の毛を引っ張る。
彼らも俺の髪の毛を引っ張った。
痛みが頭部に走るのを我慢して、俺は何とか二人の髪の毛を数本握った。
ちょうどNとUの髪の毛を採取できるチャンスだったのだ。
ひりひりする己の頭をなでながら俺は尚も殴られ続けた。
ふと、突然Nの動きが止まった。
物音を聞き分けるように耳をすませている。
その様子に俺とUの手も止まる。
直後、Nは人がかわったようにその場にうずくまった。
震えているのがわかった。

Nは呆然と前だけを直視し、しきりに瞬きをしていた。
呼吸が荒くなっている。
虚ろな目をUに向けるが、すぐさま元の位置におさまる。
「どうした?」Uが声をかけた。
Nは何度かあごを突きだしてどこかを示していた。
「あそこの茂み……」
「茂み?」UはNが凝視する先を見た。
俺も気になって二人の視線を追う。
確かに茂みがあるが、いくつもあってどれのことをいっているのかわからなかった。
Uは適当に見当をつけたらしくいった。「茂みがどうかしたのか?」
「その後ろに……しゃがんだ」
「しゃがんだって? 誰が?」
Uは答えなかった。
尻餅をつき、首を左右に振り始めた。
「もしかして誰かに見つかったのか? なら早く逃げるぞ!」
Uは繰り返しいった。
だが、Nは固まって動く気配はない。
茂みをずっと見つめていたが、特に変化は見られなかった。
Uが走りだそうとした直後、
「動くな!」Nが叫んだ。
UはびっくりしてNを見た。
「まだいる!」

「な、なぁ、一体誰がいるっていうんだ」
「静かにしろ。お前にはいわなかったけど昨日から何かに見られている気がしてたんだ」
「そんなの俺は感じないぞ。気のせいだろ」
「いいや、確かだ。同じ気配がする」
Uは尖り声をあげた。
「お前は誰に怯えてるんだよ! 何もないだろ!?」
茂みは音を立てない。隙間には暗闇があるだけだ。
しかしNは吸い込まれるように生い茂る葉の塊を見据えていた。
「N! お前は何を見てるんだ!?」
「目だよ!」
Nが腹底から声を張り上げた為、一瞬だったが、辺りに低く響いた。
俺は身の毛もよだつ思いがした。
Uも固まっている。
「そんなのどこにも……」
すると、どこからともなく、
「うっうぅ」
という、うめき声が響いてきた。
Uが怯えているのがわかる。
「何なんだよこれ!」俺もよくわからない。
祖母のいっていた鬼が本当に出たのか。

がざがざがざ! 茂みが揺れた。
「やっぱりいるんだ! 俺を狙ってるんだ! 絶対に茂みの後ろにいるんだ!」
「誰が!?」Uが問いただす。
Nが走り出した。
Uも慌てて、そのあとを追った。
俺は傷の痛みと恐怖とで立つこともままならなくて、尻餅をついていた。
そういえば、昔この森には祠があり、怪異が閉じ込められていたと祖母から聞いたことがあった。
茂みは静かになった。
それから葉っぱをかき分けて誰かが出てくるということもなかった。
俺は全身に汗をかきながら、手に絡みついた二人の髪の毛を箱の中に押し込んだ。

家に帰りついたのは夕方だった。箱をベットの上に放り投げ、俺は夕飯も食べることなく、泥沼に沈むように眠りに落ちていた。
次の日、やたらと外が騒がしいと思って外にでると、家の前を幾人もの人が歩いていた。
俺はとある夫婦の会話を耳にした。
「立て続けに子供が亡くなるなんてこりゃ祟りだよ」
「こら、滅多なことをいうもんじゃない」
俺もそのあとをついていくと、Nの家が見えた。
パトカーが何台も群がりそれらを囲むように人だかりができていた。
瞬間悟った。
Nが死んだ。俺は言葉にできなかった。ただ茫然とそこにいるだけだった。
「おい!」
Uが俺の肩をつかんだ。
「Nのやつ、もしかしたら昨日の奴に」
ひどく脅えていた。だが俺はこいつと話す気もおきず、踵をかえした。
「おいお前も体験しただろ! 次は俺たちが同じ目にあうかもしれないんだぞ」
俺は無視して歩き続けた。Uが追いかけてきて腕を掴む。
「俺は死にたくない」俺は我慢できずにいった。
「そんなの知らない、少なくともお前は俺にそんなこという資格なんてない」
俺はまた殴られるかと覚悟したが、Uは下を向いたまま動かなかった。
俺は足早に家に戻った。塀の入り口が見えたところで俺は止まった。

黒い犬がいた。昨日よりも近い。改めてその大きさに鳥肌がたった。
じっとこちらを見ている。
俺はなるべく目を合わせないように裏口から入ろうかと考えていると、その犬が笑ったように見えた。
いま思えば錯覚だったのかもしれないが、そのように見えたのだ。
すると、家のほうから祖母の悲鳴があがった。
俺は即座に駆けだそうとする。
黒い犬は俺が動き出したと同時に、お尻をむけて歩き出した。
俺は横目でそれを見ながら、家に駆けこむ。
何か事故があったのかもしれない。最悪救急車を呼ぶ必要も念頭においた。
「ばあちゃん!」俺は玄関を開けて叫んだ。
だが、誰の返事もなかった。居間の扉を開けた。もぬけのからだった。
俺は訊き間違いかなと息を吐きだした直後、真横から知らない老婆が四つん這いで出てきた。
鳥肌とともに飛び上がった。
しかしよく見れば、祖母だった。
背中をさらけだした状態の祖母を見たことがなかったので判別できなかったのだ。
俺は今更ながらそのあともぴんぴんしていた祖母の手足と腰の頑丈さに感心するばかりだ。
現在は他界し享年九十歳の全てがつまった骨壷はお寺に納骨してある。
そして首だけが動き、見開かれた眼が俺を捉えた。震えながら、
「また邪気が来ておった! しかも闇を必要としないモノじゃ……」と呟いた。
祖母は震えながら、奥の部屋に向かって、また戻ってくると、俺にお札を渡した。
「身を守ってくれる札だ。持っておけ」
俺も不気味な現象を体験していたので、幾分心強く感じた。

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