後味の悪い話
誰そ彼心中

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84 : 1/3 : 2012/05/05(土) 15:38:51.37 ID:Nh00VHU20
諸田玲子の時代小説『誰そ彼(たそがれ)心中』

 瑞枝は評判の器量よしで、貧しい御家人の家から格上の旗本・向坂家の若き当主宗太郎に
嫁いだ。傍から見れば玉の輿であったが、実は婚家の内情は厳しく、格式と体面を保つための
費用は削るわけにいかないため、実家にいたときよりむしろつましい暮らしであった。さらに
姑は厳しい人でその上出戻りの小姑(夫の姉)までいた。そんな窮屈な生活ではあったが、夫と
なった宗太郎は温和で優しく、それなりに幸せな日々を送っていた。と思っていた。
 やがて、舅が体を害ったために宗太郎は正式に家督を継ぎ、父親の御役目を継いだ。あいさつ
回りや引き継ぎに忙殺される日々に夫婦の語らいもままならないまま数か月がたった。

 そんなある日、瑞枝は宗太郎の従者・小十郎に直接声をかけられる。(当時の身分制度からすれば
無礼な振る舞いである。) 小十郎は主である宗太郎の様子がおかしい、ここのところ自分たち
使用人に対して冷たくなったと訴える。小十郎の無礼が気に障ったこともあり、旦那様は慣れない
お勤めに心身ともにお疲れなのだ、考えすぎだ、むしろお前たちの気が利かないからではないのかと
取り合わなかった瑞枝であったが、小十郎が立ち去った後、偶然にも宗太郎が石で雀を打ち落とす
ところを見てしまう。その顔には背筋が凍るような冷酷な笑みが浮かんでいた。
 それ以来、宗太郎の挙動を注視するようになった瑞枝は、異変を無視できなくなる。だが、姑や
小姑に訴えても無視され、なぜか前にもまして辛く当たられるようになってしまう。(舅はこの
時点で寝たきりで頼りにならない) うかつに騒ぎ立てれば、実家にまで累が及んでしまうことも
案じられる。実家は兄の家督相続と妹の縁談で大変な時であった。瑞枝が頼れるのは彼女付きの
女中・おさよと小十郎だけであった。

85 : 2/3 : 2012/05/05(土) 15:40:26.13 ID:Nh00VHU20
そして、妻である瑞枝と従者として行動を共にする小十郎、二人の情報を付きあわせた結果、
瑞枝と小十郎は恐ろしい可能性に行き着く-宗太郎は別人にすり替わっているのではないか?

 瑞枝は妹の縁談を口実に実家の兄の親友で奉行所同心の大島哲之進を呼び出し、相談を持ち
かける。あまりにも荒唐無稽に思われる話に半信半疑の大島であったが、親友の妹の頼みという
ことで宗太郎の身辺を調べることを約束する。大島と宗太郎は少年時代の一時期同じ道場に通った
ことがあり、折よく(と言ってはなんだが)当時の師範の一人が亡くなったことを名目に、大島は
宗太郎に面会する。宗太郎は大島の訪問を喜び、当時の思い出話を懐かしそうに語る。そんな
宗太郎にこれといって不審は感じられなかった大島は、瑞枝のノイローゼ(という言葉は使って
ないが)ではないかと疑い、たまには里帰りさせてやれとそれとなく親友(瑞枝の兄)に伝えて
やろうと思う。

 だが、実は宗太郎は本当に別人に入れ替わっていた。宗太郎は双子として生まれており、片割れは
密かに母方の縁者へ養子に出されて小栗右近と名乗っていた。だが、養子先は先代当主が不祥事を
起こしたことでお家取つぶしにあい、右近も浪人として路頭に迷った。右近は恵まれた境遇の双子の
片割れを逆恨みし、斬って顔を焼き遺体を捨てて宗太郎になり替わった。舅も姑も小姑もそれを知って
いた。他ならぬ右近自身が堂々とそう告げたからである。だが舅・姑にはどうすることもできなかった。
右近の所業を訴え出れば後継ぎのないまま当主死亡ということで向坂家もまた断絶となってしまう。
何よりも、姑にしてみれば右近もまた腹を痛めたわが子には変わりない。二人が入れ替わったのは
宗太郎が役目を引き継いだ直後で、その後数か月多忙を理由に妻を遠ざけ、宗太郎として振る舞う訓練を
していたのだ。お勤め先に宗太郎の人となりを深く知る者はおらず、妻の目さえごまかせば完全に入れ
替われると見てのことだった。

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