Categories: 洒落怖

新約雨月物語

この怖い話は約 4 分で読めます。

595 新約雨月物語 New! 2007/08/23(木) 18:46:58 ID:DgpMwbmM0
 Aは苛立っていた。彼は商社の営業部に勤めているのだが、今日は昔からの顧客が
離れていくのを止めることもできず、そのため上司に部下の目の前で叱られたのだった。
元はといえば、自分の会社が作るものに魅力が欠けるからなのだが、上司は日頃の
ストレス解消もかねてAを徹底的にいびった。
 そのため、Aもストレス解消することにしたのだが、部下に当たるわけにも行かず、
帰宅してから当てもなくドライブに出た。

 しばらく運転しているうちに、すっかり暗くなってしまい、もうそろそろ帰らないと
明日の仕事に差し支えるという時間になった。そのときAは自分が生まれ育った町の近くに
きている事に気がついた。この町の郊外に小さい頃住んでいた家があった。

(……懐かしいな。毎日夕方になるとここでサッカーやってたっけ……)
 風化した記憶をつなげ合わせ、少しため息をつく。ぼんやり考えているうちに、記憶は家族
のそれ、特に母親に焦点を合わせていく。Aの母親は夫を亡くしてからずっとAを一人で
育て上げてくれたのだった。
597 新約雨月物語 New! 2007/08/23(木) 19:13:50 ID:DgpMwbmM0
(母さん、元気にしているかな)
 上京してから長い間、Aは母親としゃべっていなかった。全てが目まぐるしく変わる
日々に置いてきぼりにされまいと必死だったために、家に連絡する余裕がなかったのだった。
少し思い出に浸ってから、Aは自分の生家に行ってみようと決めた。

 その家は郊外にあり、林道を通って小さなわき道に入るとすぐの、結構古い
家だった。大きい方で、前庭にも裏庭にも木が何本も立っていた。Aは半分そ
れらの木が荒れ狂ったように伸びているだろうと考えていたのだが、意外と整
理されているのを見て驚いた。
(もしかすると、誰か住んでいるのか?あんなに古い家に?)
 Aは淡い期待を胸に車を進めていった。すると、見慣れた前庭と、明かりの
灯った生家が目の前に現れた。

598 新約雨月物語 New! 2007/08/23(木) 19:23:16 ID:DgpMwbmM0
 Aは戸惑い、ためらいつつも呼びベルを鳴らした。
「はい、どなた?」
 この声は……
 足音が近づき、ハンドルがゆっくりと回り、ドアが開いた。Aは唾を飲み込んだ。
「あら……」
 それが母の最初の言葉だった。Aはただいま、と言おうとしたが、うまく言葉にならず、
ただ泣きながら母に抱きついた。

「まあ、それじゃあ今日は大変だったね」
「そうだね」
「でもね、お母さん、その人もつらいんだと思う。上に立つ人って、精一杯
背伸びしてるから、少しでも足を引っ張られると倒れちゃうんだよ。だから
必死なんだと思う」
 不思議と母の言葉は胸にじんと来た。Aは味噌汁をすすりながら母に感謝した。
「ところで母さん、一人でこんなに大きい家にいると、何かと不便でしょ」
「そうねえ」母は遠い目をした。「最初はつらかったけど、今はもう楽よ。大丈夫」
「家、動こうと思わなかったの」
「そりゃあね、最初はそうしようかと思ったわよ。でもね、あなたが帰ってきた時、
誰もいないんじゃ寂しいでしょ。だから待ってたの」
「え?」
「来てくれてありがとう」母は笑った。いい笑顔だった。
602 新約雨月物語 New! 2007/08/23(木) 19:37:08 ID:DgpMwbmM0
 Aは少しの間考えると、母に向かって言った。
「母さん、俺と一緒に住まないか」
「え」母はきょとんとした目でAを見た。
「俺と一緒に住もうよ。便利だし、寂しくないし」
「そうねえ……でも、もうそういうわけにもいかないのよ。ちょっとねえ……」
 母はそういって居間にある位牌に目をやった。Aはそれを見て口をつぐんだ。
ここはAの生家だが、それ以前に母と父の思い出の場所だのだ。
「ごめん……」
「謝ることないよ。それより、明日早いんでしょ?もう寝なさい」

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