師匠シリーズ
天使

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685 :天使   ◆oJUBn2VTGE :2008/04/30(水) 21:47:18 ID:NrJoj9WI0

京介さんから聞いた話だ。

怖い夢を見ていた気がする。
枕元の目覚まし時計を止めて、思い出そうとする。カーテンの隙間から射し込む朝
の光が思考の邪魔だ。もやもやした頭のまま硬い歯ブラシをくわえる。セーラー服
に着替え、靴下を履いて鏡の前、ニッと口元だけ笑うとようやく頭がすっきりして
来る。
そしてその頃になってまだ朝ごはんを食べていないことに気づく。
ま、いいか、と思う。
朝ごはんくらい食べなさいという母親のお説教を聞き流して家を出る。
今日は風があって涼しい。本格的な夏の到来はもう少し先のようだ。大通りに出る
とサラリーマンや中高生の群れが、思い思いの歩調で行き来している。私もその流
れにのって、朝の道を歩く。
この春から通い始めた女子高校は、ただ近いからという理由だけで決めてしまった
ようなものだ。それがたまたま私立だったというわけで、両親にはさぞ迷惑だった
ことだろう。
薄くて軽い鞄を片手に、歩くこと10分あまり。高校の門をくぐって、自分の下駄
箱の前に立つと、今ごろになってお腹が減ってくる。
ああ、バターをたっぷりぬった食パンが食べたい。
そんなことを思いながらフタを開けると、上履きの他に見慣れないものが入ってい
た。
手紙だ。可愛らしいピンクのシールで封がされている。
とりあえずそのままフタを閉じる。

686 :天使   ◆oJUBn2VTGE :2008/04/30(水) 21:48:53 ID:NrJoj9WI0

記憶を確認するまでもなくここは女子高校で、ということは下駄箱に入っていた
ピンクのシールの手紙などというものは、つまり「そういう」ものなのだろう。
男子より女子にモテた暗い中学生時代の再現だ。いや、共学でなくなったぶん、
もっと事態は深刻だった。
げんなりしながらもう一度下駄箱を開け、手紙を取り出して鞄にねじ込む。
上履きの踵に人差し指を入れて、右手を下駄箱について片足のバランスを取ってい
ると、ふいに誰かの視線を感じた。
顔をあげると、廊下からこっちを見ている女子生徒がいる。
ずいぶんと背が高い。その大人びた表情から、3年生かとあたりをつける。
え? なんでこっち見てるの。まさかあの人が手紙の差出し人だったらどうしよ
う。今かなりグシャグシャに鞄に入れちゃった。
そんな自分の逡巡もすべて見透かしたような目つきで彼女は微かに笑ったかと思う
と、
「恨みはなるべく買わない方がいいわ」
と、小鳥がさえずるような囁き声で言った。
そして制服を翻し、目の前から去っていった。
その瞬間だ。
周囲に耳が痛くなるような雑音が発生し、何人もの生徒たちが袖の触れ合う距離で
私のそばを通り過ぎていった。ついさっきまで私はなぜかこの下駄箱の前に自分し
かいないような錯覚をしていたのだ。しかし確かにさっきまで、この空間にはこの
私と廊下のあの女子生徒の二人しか人間はいなかった。始業の10分前という慌し
い時間に、そんなことがあるはずがないにも関わらず、そのことになんの疑問も持
たなかった。まるで、夢の中で起こる出来事のように。

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