師匠シリーズ
すまきの話

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922 すまきの話 ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2009/06/20(土) 22:45:31 ID:sgJKT7Op0
学生時代の秋だった。
朝や夕方のひとときにかすかな肌寒さを覚え始めたころ。俺はある女性とともにオカルト道の師匠の家を襲撃した。
周囲の住宅も寝静まった夜半である。アパートの一室から光が消えているのを確認した上で、足音を殺しながらドアの前に立つ。ノブを捻るとあっさりと手前に開いていく。鍵が掛かっていないのは分かっていた。
そろそろと暗い部屋の中に入り込み、布団にくるまっている師匠を見下ろす。二人で目配せをした後、持参したロープを上手に布団の下に這わせ、慎重に準備を整える。
そして一気にロープを引っ張り、布団ごと括り上げる。
「な、なん」
急な衝撃にそんな短い発語をした師匠は、けれどたいした抵抗もなく俺たちの前に見事な簀巻きとなって一丁上げられた。
「なんですか」
眠気もふっとんだのか、師匠は冷静な口調でようやくそれだけを言った。簀巻きとして横たわったまま。

「なんですか」って、それは俺も知りたい。
ただ、この師匠の彼女であるところの歩くさんからイタズラをしようと持ちかけられ、うまうまとそれに乗っかってしまったというのが正直なところだ。
だから理由なんて多分ないし、面白ければそれでいいのだった。
電気を点け、俺たちは持ってきたお菓子類や飲み物を広げる。
簀巻きを肴にホームパーティといこう、という趣向だ。
「なんだなんだ」と喚きながら師匠がもがく。敷き布団と掛け布団の中から顔だけを出して、まるでイモムシのようだ。ロープで数カ所を括られて、円筒形になった布団はむしろラーメン屋の仕込みで見るチャーシューというべきか。
もがけばもがくほど、コーラが進む。
俺と歩くさんは簀巻きを前にして楽しく談笑した。
やがて疲れてきたのか大人しくなった師匠がポツリと言う。
「おかしくれよ」
俺たちは貴重なポテチを要求する簀巻きを無視することにした。

924 すまきの話 ◆oJUBn2VTGE ウニ New! 2009/06/20(土) 22:50:28 ID:sgJKT7Op0
「……」
「無視すんなよ」
「……」
「おかしくれよ」
「……」
「面白い小話をするから助けてくれ」
俺と歩くさんは部屋の隅にあった将棋盤ではさみ将棋をはじめた。
「ローマ法王がアメリカを訪問した時にね、実はかなりのスピード狂だった法王が運転手にハンドルを握らせてくれって頼ん……」
「ローマ法王が運転者をするくらいの大物を捕まえちゃったって言うんでしょう」
「……うん」
「……」
「もう一つ聞いてくれよ」
「……」
「イエス・キリストが水面を歩いて渡る奇蹟を起こしたっていう湖に旅行者がやってきたんだ。向こう岸に渡る船があるっていうんで行ってみたら、大人一人50ドルと書いてある。
『なってこった! たったこれだけの距離で50ドルもとるのか。イエス様も歩いて渡るはずだ』」
「…………ふ」
「あ、笑った」
「……」
「ダメ? 今のダメ?」
「よし!」

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